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2022年10月17日

10月17日の「神嘗祭(かんなめさい)」を祝祭日にしよう!

 本日10月17日は「神嘗祭(かんなめさい)」であり、我が国の祝日でなければならない日である。朝未だき、新米を神棚に供し、畏くも陛下の弥栄を祈念する。

 神嘗祭は五穀豊穣の感謝祭であり、宮中及び伊勢神宮(神宮)では祭祀が行われる。旧暦の9月17日に行われて来たが、明治以降は10月17日に行われている。

 本日は、天皇陛下がその年の新穀を皇祖の天照大御神を祀る伊勢の皇大神宮に奉られ神恩に感謝される。神嘗祭は宮中祭祀の中でも重要な大祭である。

 その新穀を天神地祇に供え陛下御自身も召し上がる日が「新嘗祭(にいなめさい)」であり、神の加護による農作物を始めとした天の恵に感謝する日であるが、何故か「勤労感謝の日」として、日本人にとって重要な祭日の趣旨が失われている。

 最近は新嘗祭に関係なく、誰もが真っ先に新米を口にすることが出来る様になってはいるが、本来は陛下が新穀(初穂)を召し上がられてから頂くのが習わし。

 稲作の起源は、天照大神が瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)が葦原の中つ国(日本の国土)への天孫降臨に際して稲を授けて発した「斎庭(ゆにわ)の稲穂の神勅」であり、稲づくりは天つ神の命令であり、委任を受けた業である。

「収穫は神のものである」ということから先ず新穀を神々に献じ、神勅の精神に則った祭祀である。神宮では神嘗祭が最も重要な祭祀とされ、神嘗祭に御装束・祭器具を一新する。神嘗祭が「神宮の正月」とも言われる所以でもある。

 神嘗祭は古来から旧暦の9月17日に行われて来たが、明治になり新暦に替わってからは10月17日に行われることとなった。 神嘗祭では、天皇陛下がその年の新穀を、皇祖の天照大御神を祀る伊勢の皇大神宮に奉られ、神恩に感謝される大祭である。

 SNSでは営業保守派や自称・愛国者らからは相変わらず「反中共」などの威勢のイイ記事ばかりで、神嘗祭の記事が殆ど見られなかったのは寂しい限り。

 神嘗祭に奉られた新穀を、天神地祇に供え、陛下御自身も召し上がる神事が11月23日の「新嘗祭」である。悲しい哉、今ではGHQの策謀から新嘗祭は「勤労感謝の日」になってしまい、我が国の神事や伝統・文化が否定され続けた儘だ。

 勤労感謝というと労働に感謝し身体を労わるかの様に感じるが、その趣旨は「人々の勤労によって生み出される万物の生産を祝う日」。そうであるなら「新嘗祭」と言った方が、我が国の国柄や国振りというものが理解出来るというものだろう。

 我が国は農耕民族であり、国策としての農業振興と、食の安全保障や食料自給率の向上は急務なのだが、政府からは真剣に「農」を考える言葉は発せられない。農業を守るべきJAは単なる経済団体に成り下がり、営利に狂奔する始末である。

「農」とは愛郷心、祖国愛に繋がるもので、愛情というものがそこには無くてはならないのは当たり前のこと。世界各国では農業の保護政策が行われているが、それはそうした国々は「農は国の本」ということを自覚しているからである。

 戦後、「農本主義」的国家観は排除され、大輸出国の米国の戦略に嵌った儘で、更に「種子法(主要農作物種子法)」の廃止や「農業競争力強化支援法」「残留農薬基準の大幅緩和」に因り、葦原瑞穂国という我が国柄の崩壊しつつある。

 国家の大本を米国に委ねた儘で軍事的安全保障でも自立出来ず、食料安保でも自立出来ず、これで果たして真の独立国家といえるのだろうか。国造りと農業の関係を経済論だけで語ることは、国家や郷土愛を放棄したと断じられても致し方ない。

 10月17日の「神嘗祭」を祝日として復活させることは我が国の国體の精華を取り戻すことに繋がる。食糧自給率向上の為にも令和時代の農本主義を構築しよう。

 我が国は神の末なり 神まつる 昔の手振り忘るなよゆめ(明治天皇御製)

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cordial8317 at 06:19│Comments(0)

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