朝鮮戦争と日本国憲法と自衛隊明治神宮外苑再開発計画での樹木伐採ばかりが問題にされているが

2024年06月28日

古い日本語が差別用語として規制されてるのは逆差別にも感じてしまう

 映画が好きでジャンルは問わず年間500本以上は観てるだろうか。ん~どんだけ暇なの。日本映画の中でも「鬼平犯科帳」は愚生のバイブルでもある。若い頃は、原作者・池波正太郎の愛した店に通っては長谷川平蔵を気取ったものだ(笑)

 鬼平犯科帳では軍鶏鍋屋の「五鉄」など小料理屋や蕎麦屋などで呑むシーンが多い。吞み終えた平蔵は女将に心付けを渡す。高が心付けなのだが、平蔵の何気ない渡し方が完璧で、アレは池波正太郎自身の普段の姿をダブらせたものだろう。

 鬼平犯科帳の処世術は実に参考になった。例えば、相手への礼金にしても「相手が恐縮する程の金を渡さなければ意味はない」というのには刮目。小銭を貰っても有難みが無い。「過分なカネを払ってこそ相手に感謝されるもの」とは蓋し正論。

 田村正和主演の「眠狂四郎」も好きだったが今では中々観られなくなった。眠狂四郎は、今は亡き市川雷蔵のあのドSぶりが堪らない。昔の日本映画や落語などには盲(めくら)、唖(おし)、吃(ども)り、跛(びっこ)、聾(つんぼ)などの放送禁止用語がバンバン飛び交っていて、台詞そのものが実に興味深いものばかり。

 古い映画や古典落語には差別用語だけではなく、懐かしくも美しい日本語が処処に溢れていて、日本の原風景が浮かんできそうだ。こうしたことを気にしながら、観たり聴いたりすることこそ生きた耳学問であり、実践した教育でもある。

 現代の価値観で差別表記が禁止され、放送禁止用語ばかりでリアルな小説が書けるとは思えないし、そんな小説を読んだところで興覚めだ。こうした現代の安っぽい風潮に一石を投じる小説家やジャーナリストがいないというのも情けない。

「憚(はばか)り様でした」(ご苦労様です。恐れ入ります)
「傍杖(そばづえ)を食う」(思わぬ災難に遭う)
「荷が勝つ」(責任・負担が重過ぎる)
「武士は相身互い」(同じ立場の者は助け合うべし)
「罪業の深さ」(罪の原因となる行為)
「浮世に拗(す)ねる」(世の中に逆らう)
「卒爾(そつじ)ながら」(人に声をかける時に言う語)

 その他にも、「阿漕(あこぎ)な奴」とか「お為倒し(おためごかし)」「朝未(ま)だき」「足元から鳥が立つ」など、現代では余り馴染みのない言葉や台詞のオンパレード。こうした難解な言葉を四六時中考え、気にしている観ている訳ではないが、古典落語や日本映画から昔の日本語を知るのはそれはそれでで楽しい。

「四六時中」という言葉も、昔は「二六時中」と言ってたそうだ。一日を十二刻で数えていた時代には「二六時中」だったが、二十四時間になって「四六時中」に変わったというから面白い。言葉は時代と共に移ろうものだが、時代時代でどういう風に使っているのかを知れば、また違った世界観を知ることが出来るというもの。

 言葉は移ろうものだが、どういう人がどういう風に使っているのかを知れば、また違った世界を知ることが出来る。日本語と言うのは実に素晴らしいと思う。

「武士は相身互い」という。同じ立場にいる仲間なら助け合うのが当たり前だったが、今ではライバル心剥き出しで相手の足を引っ張るのが当たり前になってしまった。右翼の世界も武士の生き様とは程遠く、己のことが精一杯で仲間を疎んじる。

 外国語に比べ、日本語というのは実に素晴らしい語彙である。現代の思想家でもある新崎智こと呉智英(くれ ともふさ、ご・ちえい)は、「差別は正しい、差別と闘うのが正しいのと同じぐらい正しい。人類が目指すべきは『差別もある明るい社会』である。差別さえない暗黒社会にしてはならない」と逆説的に述べている。

 哲学的ではあるが実に示唆に富んでいる。くだらない倫理観やキレイゴトに因って、古い日本語が差別用語として規制されてるのは逆差別にも感じてしまう。

 保守陣営などからは「教育勅語を道徳教育の指導原理と成し、また戦前の『修身』を復活せよ!」との声も聞こえる。修身では、例えば「おたけがめくらのてをひいて」と、幼少のおたけの障碍者への労りや優しさを教えている。だがどうだろう。

「めくら」は、現代では差別用語でもあり、放送禁止用語でもある。これを現代風に「視覚障碍者の手を引いて横断歩道を渡りました」などと表したとしても、真意は伝わらない気がする。放送禁止用語や差別用語は撤廃させるのが先決だろう。

 差別用語が羅列されてる「修身」の復活は、現代の教育に使うことは不可能に近い。「差別用語を使用しなければ良いだろう」というが、眠狂四郎や他の時代劇のリメイク版の様にリアル感が無くなり、相手(子供や学生)の心にに響くものが無ければ実践することもなく、実践の伴わない修身や道徳教育なんぞに意味は無い。

「忙中閑あり」というより「閑中閑ばかり」。時代劇や小津安二郎など古い映画から、混迷する我が国の本来の在るべき姿が見えて来るかもしれませんぞ。呵呵。

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cordial8317 at 05:50│Comments(0)

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