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2018年01月18日

自衛隊諸君は批判の声に怯むことなく勇気と自信を持って職務に精励し前進せよ!

 平成7年1月17日午前5時46分、淡路島北部沖の明石海峡を震源として、マグニチュード7.3の兵庫県南部地震(後に阪神淡路大震災)が発生した。自衛隊に批判的且つ無能な村山政権だったこともあり、初動対応が遅れ多くの犠牲者を出した。

 阪神淡路大震災という大都市の直下型地震は、我が国では初めてのことで多くの教訓を残したが、残念乍ら、その後に起こった東日本大震災を始めとした自然災害を見る限り、危機管理や防災対策に関し万全な体制を執って来たとは思えない。

 遡れば我が国は、大東亜戦争での敗戦の汚辱を払拭することなく、米国の庇護の下で戦後の経済的繁栄だけに現を抜かし、国の大本を忘れ国民精神を失ひ、本を正さずして末に奔り、国家百年の大計を忘却し、それが当たり前だと思ってきた。

 明治維新の大業と、日清・日露戦争という国難や、大東亜戦争の教訓を活かすことなく、唯々反省と謝罪を繰り返してきたことで、国家としての大義を忘却してしまったことこそが、我が国が未だに主権国家として体を成さない元凶でもある。

 阪神淡路大震災そして東日本大震災、その他の災害で犠牲となられた多くの方々の犠牲を無駄にすることなく、今後の我が国の危機管理と防災と国防が万全なものとなる様に、更なる高度な対策を構築しなければならないのは言うまでもない。

 自衛隊への批判の根底には、憲法下での自衛隊の存在は違憲であるという認識から、軍事優先の結果がこうした事故が起きる原因であるとガナリ立てる。

 自衛隊に批判的な日本共産党や珍左翼勢力は、口々に「反戦平和」を訴え、自衛隊に対する国民の反感を盛り上げようと躍起となってはいる。だが、今や国民の自衛隊に対する見方は、過去のそれとは明らかに変わって来ているのも確かである。

 中でも、東日本大震災での自衛隊の活躍は誰もが頼もしく感じただろう。国防と領土保全、更には国民の安全と安心の為の防災や救援、復旧と復興と日々休み無く行動している自衛隊を心強く思い、また頼もしく思うのは国民として当然のことだ。

 政府が喫緊にやるべきことは、自衛隊への感謝の念が高まっている今こそ、自衛隊を正式な軍隊として、その存在と必要性を明確にすることだ。その為には現憲法の第九条の見直しでは無理がある。旧帝国憲法の復元・改正こそ採るべき本道である。

 昭和25年8月9日に発足した、自衛隊の前身である警察予備隊から含めて、自衛隊では実に1840名以上の自衛官が「殉職」されており、一昨年も31柱が合祀された。我々はそうした犠牲者の上で生活が成り立っているのを忘れてはいまいか。

 阪神淡路や東日本大震災を始め、災害派遣や我が国の平和と独立、国民の生命財産を守る為に日夜行われている訓練などで、実に1870名以上の自衛官が殉職されていることを、果たして我々国民の何人が知っているのだろうか。

 自衛隊員とは確かに任務の為なら死をも厭わぬ集団である。そうであるならば、国民もまた国家の危機の要請に応じ、然として戦場に赴いて戦い散って逝った英霊に対し感謝の誠を捧げ、慰霊し顕彰することは義務でもあるのは当たり前のこと。

 残念なことに我が国では国の礎となった方々は国家から顧みられることが少ない。このことがどれだけ国民精神の頽廃を招いているのか、我が国の政治指導者は考えたことがあるのだろうか。 全ての捩れは日本国憲法が元凶であるのだ。

 自衛隊を違憲の状態で放置することがあってはならない。亡国憲法の破棄なくして「積極的平和主義」も「平和国家建設」も単なる画餅に帰すことは必至。

 国防を担い、日夜活躍している自衛隊を、国軍として、その存在と必要性を須く明確にしなければならない。姑息な現憲法の改正だけは阻止せねばならない。自衛隊諸君は、批判の声に怯むことなく、勇気と自信を持って職務に益々精励せよ!

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cordial8317 at 05:33│Comments(0)

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