2022年11月03日
第二の「憲法記念日」である「文化の日」を本来の趣旨に戻そう!
11月3日は「文化の日」。その趣旨は明治天皇の御生誕を祝うものではなく、祝日法には「自由と平和を愛し、文化をすすめる」との趣旨が明記されている。
皇居では文化勲章が下賜され、順次、旭日大綬章などが授与される。全国では文化に功労が著しい方々が叙勲される。「文化の日」のその実は、昭和21(1946)年に日本国憲法が公布された日であり、第二の「憲法記念日」と言うのが正しい。
我が国の道徳教育の根幹となった教育勅語を下賜され、教育・文化を重んじた明治天皇を偲び、我が国の文化を奨める日ならば理解もするが、「自由と平和を愛し、文化をすすめる日」とは、正にGHQの謀った戦後占領政策の忠実な実行である。
「自由と平和を愛し、文化をすすめる」との趣旨をして分かる通り、明治節という日本人としての祝日を葬り去ってしまい、昭和21(1946)年11月3日に日本国憲法が公布されたという「第二の憲法記念日を有難く思え」との強要でもあるのだ。
日本国憲法は、建前上は日本人自身による新憲法の制定となっているが、事実は大日本帝国憲法(欽定憲法)第七十三条の改正によって創られたものである。
大日本帝国憲法第七十三条は、「将来此ノ憲法ノ条項ヲ改正スル必要アルトキハ勅命ヲ以テ議案ヲ帝国議会ノ議ニ付スヘシ此ノ場合ニ於テ両議院ハ各々其ノ総員三分ノ二以上出席スルニ非サレハ議事ヲ開クコトヲ得ス出席議員三分ノ二以上ノ多数ヲ得ルニ非サレハ改正ノ議決ヲ為スコトヲ得ス」と明記されている。
当時、我が国はGHQの占領下に在り、日本政府にしてみれば不本意ではあるが、米国の様々な条件を呑まざるを得なかったというのが真相である。現憲法が自らの改正に拠って成立しているが米国からの「押し付け憲法」に変わりはない。
昭和21年11月3日、帝国議会に於いて昭和天皇は、「朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを、深くよろこび、枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第七十三条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる。御名御璽」と下賜されたことは歴史的事実である。
当時、悲しい哉、敗戦国である我が国は連合国の占領下に在り、当時の政府にしてみれば不本意ではあるが、米国の様々な条件を呑まざるを得なかったというのが真相であり、現憲法が米国からの「押し付け憲法」と言われる所以でもある。
本来、11月3日は近代日本の礎を築いた明治天皇の「天長節」であり、戦前には国民挙って奉祝した日本人の記念日に敢えて日本国憲法を公布させたということに、「未来永劫、大事に奉りなさい」という米国の如何わしい意図が窺える。
GHQの占領統治時代には、こうした不条理が度々実行されている。例えば、昭和21年に開廷された「東京裁判」に於いて、所謂「A級戦犯」28名が起訴されたのは、同年4月29日の「天長節」だった。そして、当時の皇太子殿下(上皇陛下)の誕生日である12月23日を選んで東条英機閣下以下7名の絞首刑が執行された。
現憲法の発布を明治天皇の誕生日に、そして大東亜戦争の責任を取らされた英霊の死刑執行を現在の天皇誕生日に選んだという事実は、日本人に対し、先の大戦への戦争責任及び贖罪意識を植え付ける為のものであることは言うを俟たない。
こうした戦後の歴史的経緯と事実を知るだけでも、米英を始めとした連合国が如何に非情で無慈悲な、日本人矯正を実行したかが理解出来ると言うものだろう。
保守派や愛国団体の中には、本日を「明治節」として明治神宮を参拝し、明治天皇の御遺徳を啓蒙するという行動も見受けられる。「明治節復活」は異論はないが、果して明治神宮がそれに相応しい神社であるかといえばまたそれも疑問である。
明治神宮は周知の通り、国民の総意により、明治天皇と憲昭皇太后の御遺徳を偲び創建された神社である。然し、平成16年、明治神宮は創建の趣旨を無視し、突如として神社本庁から離脱し、営利至上主義逞しい一宗教法人に成り下がった。
明治神宮側は、平成16年4月、陛下の御親拝なされる際の関係者への案内状に「陛下」を「殿下」と誤記してしまった責任を取って神社庁を離脱したとしている。
だがどうだろう、その説明は詭弁であり見苦しい言い訳に過ぎず、神社庁での主導権争い確執の末の離脱というのが真相であり、明治天皇と憲昭皇太后の御遺徳を偲ぶという本分を忘れ、神社を私物化し、営利至上主義に奔っている証左である。
国民の総意で建立した神社を宮司らが私物化し営利至上主義に奔っている現状は憂慮すべき事態である。 明治神宮側のこうした姿勢は表参道や周辺に蔓延し、明治天皇と憲昭皇太后の御遺徳を偲ぶ神社には相応しくない事態になってるのも確か。
表参道がその好い喩えだ。表参道とは名前の通り明治神宮の参道として整備された通りである。神社=神道とは日本人の心に清む惟神(かんながら)の道である。その表参道が例年、クリスマス商戦からイルミネーションで埋め尽くされる。
日本の教えである神道であり、明治天皇及び憲昭皇太后の御遺徳を偲ぶ神社に続く参道がキリスト教に侵略されたかの様な光景は日本にはそぐわない光景である。
こうした精神的堕落と営利主義が明治天皇の思召しを軽んじ、小池百合子東京都知事が謀る明治神宮外苑の再開発に繋がっていると言っても過言ではない。
全愛国者は戦後占領政策の様々な欺瞞と不条理を検証し、真の主権国家の創造を急ぐと共に天皇国日本を盤石の安きに置く歴史的使命を果たそうではないか。
※コメントは返信するのも煩わしいので会員のみにさせて頂いております。コメント及びメッセージ、御意見御感想、近況報告などは mr.cordial@live.jp へ。
《会費&御支援》みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ。年会費一般30000円(月2500円)。法人120000円。協賛会員は300000円~。
皇居では文化勲章が下賜され、順次、旭日大綬章などが授与される。全国では文化に功労が著しい方々が叙勲される。「文化の日」のその実は、昭和21(1946)年に日本国憲法が公布された日であり、第二の「憲法記念日」と言うのが正しい。
我が国の道徳教育の根幹となった教育勅語を下賜され、教育・文化を重んじた明治天皇を偲び、我が国の文化を奨める日ならば理解もするが、「自由と平和を愛し、文化をすすめる日」とは、正にGHQの謀った戦後占領政策の忠実な実行である。
「自由と平和を愛し、文化をすすめる」との趣旨をして分かる通り、明治節という日本人としての祝日を葬り去ってしまい、昭和21(1946)年11月3日に日本国憲法が公布されたという「第二の憲法記念日を有難く思え」との強要でもあるのだ。
日本国憲法は、建前上は日本人自身による新憲法の制定となっているが、事実は大日本帝国憲法(欽定憲法)第七十三条の改正によって創られたものである。
大日本帝国憲法第七十三条は、「将来此ノ憲法ノ条項ヲ改正スル必要アルトキハ勅命ヲ以テ議案ヲ帝国議会ノ議ニ付スヘシ此ノ場合ニ於テ両議院ハ各々其ノ総員三分ノ二以上出席スルニ非サレハ議事ヲ開クコトヲ得ス出席議員三分ノ二以上ノ多数ヲ得ルニ非サレハ改正ノ議決ヲ為スコトヲ得ス」と明記されている。
当時、我が国はGHQの占領下に在り、日本政府にしてみれば不本意ではあるが、米国の様々な条件を呑まざるを得なかったというのが真相である。現憲法が自らの改正に拠って成立しているが米国からの「押し付け憲法」に変わりはない。
昭和21年11月3日、帝国議会に於いて昭和天皇は、「朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを、深くよろこび、枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第七十三条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる。御名御璽」と下賜されたことは歴史的事実である。
当時、悲しい哉、敗戦国である我が国は連合国の占領下に在り、当時の政府にしてみれば不本意ではあるが、米国の様々な条件を呑まざるを得なかったというのが真相であり、現憲法が米国からの「押し付け憲法」と言われる所以でもある。
本来、11月3日は近代日本の礎を築いた明治天皇の「天長節」であり、戦前には国民挙って奉祝した日本人の記念日に敢えて日本国憲法を公布させたということに、「未来永劫、大事に奉りなさい」という米国の如何わしい意図が窺える。
GHQの占領統治時代には、こうした不条理が度々実行されている。例えば、昭和21年に開廷された「東京裁判」に於いて、所謂「A級戦犯」28名が起訴されたのは、同年4月29日の「天長節」だった。そして、当時の皇太子殿下(上皇陛下)の誕生日である12月23日を選んで東条英機閣下以下7名の絞首刑が執行された。
現憲法の発布を明治天皇の誕生日に、そして大東亜戦争の責任を取らされた英霊の死刑執行を現在の天皇誕生日に選んだという事実は、日本人に対し、先の大戦への戦争責任及び贖罪意識を植え付ける為のものであることは言うを俟たない。
こうした戦後の歴史的経緯と事実を知るだけでも、米英を始めとした連合国が如何に非情で無慈悲な、日本人矯正を実行したかが理解出来ると言うものだろう。
保守派や愛国団体の中には、本日を「明治節」として明治神宮を参拝し、明治天皇の御遺徳を啓蒙するという行動も見受けられる。「明治節復活」は異論はないが、果して明治神宮がそれに相応しい神社であるかといえばまたそれも疑問である。
明治神宮は周知の通り、国民の総意により、明治天皇と憲昭皇太后の御遺徳を偲び創建された神社である。然し、平成16年、明治神宮は創建の趣旨を無視し、突如として神社本庁から離脱し、営利至上主義逞しい一宗教法人に成り下がった。
明治神宮側は、平成16年4月、陛下の御親拝なされる際の関係者への案内状に「陛下」を「殿下」と誤記してしまった責任を取って神社庁を離脱したとしている。
だがどうだろう、その説明は詭弁であり見苦しい言い訳に過ぎず、神社庁での主導権争い確執の末の離脱というのが真相であり、明治天皇と憲昭皇太后の御遺徳を偲ぶという本分を忘れ、神社を私物化し、営利至上主義に奔っている証左である。
国民の総意で建立した神社を宮司らが私物化し営利至上主義に奔っている現状は憂慮すべき事態である。 明治神宮側のこうした姿勢は表参道や周辺に蔓延し、明治天皇と憲昭皇太后の御遺徳を偲ぶ神社には相応しくない事態になってるのも確か。
表参道がその好い喩えだ。表参道とは名前の通り明治神宮の参道として整備された通りである。神社=神道とは日本人の心に清む惟神(かんながら)の道である。その表参道が例年、クリスマス商戦からイルミネーションで埋め尽くされる。
日本の教えである神道であり、明治天皇及び憲昭皇太后の御遺徳を偲ぶ神社に続く参道がキリスト教に侵略されたかの様な光景は日本にはそぐわない光景である。
こうした精神的堕落と営利主義が明治天皇の思召しを軽んじ、小池百合子東京都知事が謀る明治神宮外苑の再開発に繋がっていると言っても過言ではない。
全愛国者は戦後占領政策の様々な欺瞞と不条理を検証し、真の主権国家の創造を急ぐと共に天皇国日本を盤石の安きに置く歴史的使命を果たそうではないか。
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cordial8317 at 06:15│Comments(0)
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