2017年02月22日
二月二十二日は国士・山口二矢の生誕祭
昭和35年10月2日、日比谷公会堂で行われていた演説会場で、社会党・浅沼稲次郎を刺殺した山口ニ矢。昭和18年2月22日東京生まれ。二男で、二月二十二日生まれと「二」の字が続いたことから、父は「二矢(おとや)」と命名したという。
二矢が崇拝していた人物は、アドルフ・ヒットラー、児島高徳、西郷隆盛、山鹿素行、吉田松陰。 昭和34年、16歳の時に大日本愛国党に入党することとなる。
赤尾総裁の運動に懐疑的だった二矢は翌年5月、同党の吉村法俊、中堂利夫(後に防共挺身隊に身を寄せるも脱退、両名共作家に)と共に愛国党を脱党する。
3人は防共挺身隊の福田進総隊長の世話になり、銀座鳩居堂の二階に事務所を構え、「全アジア反共青年連盟」を結成して間もなく、日比谷公会堂で浅沼稲次郎に天誅を加えることとなる。当日、携行していた檄文にはこう認めてあった。
「汝、浅沼稲次郎は日本赤化を謀っている。自分は、汝個人に恨みはないが、社会党の指導的立場にいる者としての責任と、訪中に際しての暴言と、国会乱入の直接の煽動者としての責任からして、汝を許しておくことは出来ない。此処に於て我、汝に対し天誅を下す。皇紀二千六百二十年十月十二日 山口二矢」
逮捕されたニ矢は供述調書にも素直に応じた。(一部抜粋)
「小学校四年生の頃、共産党があちらこちらで騒ぎ、警察が馬鹿にされているのを知り、『共産党は怪しからん』と思うようになり、街で赤旗を見ると唾を吐きかけてやりたいような気持ちにかられた」と、既に10歳にしてこうした心境に達していたとは驚く。高校生になったニ矢の思想は確固たるものとなって行く。
「共産主義はマルクスの唯物論的弁証法を指導原理とし、資本主義は共産主義と同じ様に唯物論から出発した個人主義である。唯物論は物質中心の精神主義を軽視したものだ」と共産主義と資本主義の欠陥を指摘し、その上で「日本は古来の伝統を生かして精神を基礎として物質面も豊かになる唯物論優先の二元論で行かなければならない。その為には共産主義、資本主義は共に倒さなければならない」
自身の人生観は、「私には日本人の血が流れており唯物論ではとうてい割り切れない。持って生まれた日本精神という唯心論的なものがたぎっており、天性からこういう人生観、思想などが形成されたと思っています。尚、本当の日本人であれば、私の様な人生観、思想というものが心の奥底には必ず在ると思います」と述べている。
正にその信条は日本人としての矜持を備えた正鵠を射たものであり、現在の愛国ブームもこうした日本精神という唯心論的なものであるが、更にもっと高尚なものとしなければならないと感ずる。 供述調書の最後に今の心境を聞かれてこう応える。
「浅沼委員長を倒すことは日本の為と堅く信じ殺害したのですから、行為については法に触れることではありますが、今何も悔いるところはありません。然し、浅沼委員長は最早故人となった人ですから、生前の罪悪を追及する考えは毛頭なく、ただ故人の冥福を祈る気持ちであります。又浅沼委員長の家族に対しては、如何なる父、夫であっても情愛に変わりなく、殺害されたことによって悲しい想いで生活をし迷惑を掛けたことは事実ですので、心から家族の方に申し訳ないと思っています」
大悲とは斯くなることであり、その自己犠牲の精神は気高いものだ。供述調書を取り終えた11月2日未明、東京少年鑑別所の個室で、支給された歯磨き粉で壁に「七生報国 天皇陛下万才」と記し、従容として死に就いた。生きていれば未だ74歳。
現在の右翼陣営の現況は指導者不足の感は否めず、二矢烈士はそんな右翼の現状を隔靴掻痒の思いで見ているに違いない。「自己放棄に達しない思想は賤しい思想である」とは三島由紀夫。正統右翼浪人を気取りながら、今や二矢の嫌う「愛国屋」に流されてしまっている己の怠惰な生き方を猛省せねばと自覚する。合掌再拝。
※コメントは返信するのも煩わしいので会員のみにさせて頂いております。コメント及びメッセージ、御意見御感想、近況報告などは mr.cordial@live.jp へ。
《会費&御支援の御願い》みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ。年会費一般30000円。法人120000円。協賛会員は300000円~。
二矢が崇拝していた人物は、アドルフ・ヒットラー、児島高徳、西郷隆盛、山鹿素行、吉田松陰。 昭和34年、16歳の時に大日本愛国党に入党することとなる。
赤尾総裁の運動に懐疑的だった二矢は翌年5月、同党の吉村法俊、中堂利夫(後に防共挺身隊に身を寄せるも脱退、両名共作家に)と共に愛国党を脱党する。
3人は防共挺身隊の福田進総隊長の世話になり、銀座鳩居堂の二階に事務所を構え、「全アジア反共青年連盟」を結成して間もなく、日比谷公会堂で浅沼稲次郎に天誅を加えることとなる。当日、携行していた檄文にはこう認めてあった。
「汝、浅沼稲次郎は日本赤化を謀っている。自分は、汝個人に恨みはないが、社会党の指導的立場にいる者としての責任と、訪中に際しての暴言と、国会乱入の直接の煽動者としての責任からして、汝を許しておくことは出来ない。此処に於て我、汝に対し天誅を下す。皇紀二千六百二十年十月十二日 山口二矢」
逮捕されたニ矢は供述調書にも素直に応じた。(一部抜粋)
「小学校四年生の頃、共産党があちらこちらで騒ぎ、警察が馬鹿にされているのを知り、『共産党は怪しからん』と思うようになり、街で赤旗を見ると唾を吐きかけてやりたいような気持ちにかられた」と、既に10歳にしてこうした心境に達していたとは驚く。高校生になったニ矢の思想は確固たるものとなって行く。
「共産主義はマルクスの唯物論的弁証法を指導原理とし、資本主義は共産主義と同じ様に唯物論から出発した個人主義である。唯物論は物質中心の精神主義を軽視したものだ」と共産主義と資本主義の欠陥を指摘し、その上で「日本は古来の伝統を生かして精神を基礎として物質面も豊かになる唯物論優先の二元論で行かなければならない。その為には共産主義、資本主義は共に倒さなければならない」
自身の人生観は、「私には日本人の血が流れており唯物論ではとうてい割り切れない。持って生まれた日本精神という唯心論的なものがたぎっており、天性からこういう人生観、思想などが形成されたと思っています。尚、本当の日本人であれば、私の様な人生観、思想というものが心の奥底には必ず在ると思います」と述べている。
正にその信条は日本人としての矜持を備えた正鵠を射たものであり、現在の愛国ブームもこうした日本精神という唯心論的なものであるが、更にもっと高尚なものとしなければならないと感ずる。 供述調書の最後に今の心境を聞かれてこう応える。
「浅沼委員長を倒すことは日本の為と堅く信じ殺害したのですから、行為については法に触れることではありますが、今何も悔いるところはありません。然し、浅沼委員長は最早故人となった人ですから、生前の罪悪を追及する考えは毛頭なく、ただ故人の冥福を祈る気持ちであります。又浅沼委員長の家族に対しては、如何なる父、夫であっても情愛に変わりなく、殺害されたことによって悲しい想いで生活をし迷惑を掛けたことは事実ですので、心から家族の方に申し訳ないと思っています」
大悲とは斯くなることであり、その自己犠牲の精神は気高いものだ。供述調書を取り終えた11月2日未明、東京少年鑑別所の個室で、支給された歯磨き粉で壁に「七生報国 天皇陛下万才」と記し、従容として死に就いた。生きていれば未だ74歳。
現在の右翼陣営の現況は指導者不足の感は否めず、二矢烈士はそんな右翼の現状を隔靴掻痒の思いで見ているに違いない。「自己放棄に達しない思想は賤しい思想である」とは三島由紀夫。正統右翼浪人を気取りながら、今や二矢の嫌う「愛国屋」に流されてしまっている己の怠惰な生き方を猛省せねばと自覚する。合掌再拝。
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cordial8317 at 08:22│Comments(0)
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