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2017年02月20日

岩代小浜の歴史と文化を護る会主催「郷土の偉人・渡邊閑哉」講演会

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 昨日は、故郷の二本松小浜(旧岩代町)で、岩代小浜の歴史と文化を護る会(会長・渡辺泰雄)主催に拠る「郷土の偉人・渡邊閑哉(わたなべかんさい、渡辺義右衛門)」の講演会があるというので拝聴しに行って来た。当たり前だが友人知人が多い。市役所岩代支所(旧岩代町役場)二階の大ホールは地元の偉人の講演とあって大入り盛況。愚生の時局講演会の時の10倍くらいは入ってたな(笑)

 講演の副題には「安積疎水・日本遺産認定記念特別講演会」となってある様に、閑哉は安積疎水の発案者であり、疎水のルートには閑哉が唱えた「山潟案」が採用され、疎水が通水したことで荒地だった安積平野が開墾されることとなった。

 安積の地(郡山)というのは元々は二本松藩の管轄である。そんなのも知らない郡山市民偉そうに都会ぶっているが、二本松がなければ現在の様な発展はなかったというか、かなり遅れたことは間違いない。二本松に少しは感謝しなさい(笑)

 明治維新後、新政府に拠り安積開拓の案が浮上、不毛の地であった安積平野に水へ猪苗代湖の水を安積へ運ぶことは必要十分条件。閑哉は明治3年、安積疎水開拓の建白書を県令に提出する。だが、その3年後には閑哉は幽冥境を異する。享年75歳。

 安積疎水が着工されたのは、閑哉が建白書を提出してから8年後のこと。そして工事には3年の年月を要し、明治15年に漸く完成した。閑哉の偉業は安積疎水だけではなく、多岐に及ぶ。閑哉は国学を重んじ、歴史に造詣が深く、財政再建や防災なども先人に学んだ所が多く、勤倹力行や率先垂範は偉人に共通するものだ。

「国学」というのは、日本の古典を有りの儘に吟味して、古事記や日本書記といった古典に込められている純日本的精神を追求しようとした学問で、中世以来の、儒教、仏教等を拠り所とするこじ付け的な日本古典の研究に反対する思想でもある。

 隣りの地元の男性が「こんな人がいたとは全然しらなかった」と感心していたが、閑哉(義右衛門)という人物は地元の人に限らず、郡山市民や福島県民も知るべき偉人だと思う。交通の便もなく、情報も入らなかった時代、学ぶ唯一の手段は遊学であり、全国を歩くことで己の知識や思想というものが強固となり信念となる。

 天保10年、閑哉41歳の時に伊勢、京都、奈良、四国、九州を遍歴し、纏め記した「松斎記」があるというが、見つからないという。幕末の英雄・河井継之助の遊学に感銘した愚生としては、閑哉のこの放浪記には大いに興味が注がれる。

 講師を務めた地元の歴史研究家でもある松本誠一先生も、「それを読めば閑哉の人柄が分かっただけに残念」と語っていたが、全く同感。いつの日かこの日記が発見され、「岩代小浜の歴史と文化を護る会」で再上梓されること願って止まない。

 講演会には、郡山市からは愚生が批判して止まない佐藤栄佐久元知事が来ていたくらいで、安積疎水が日本遺産に指定され、それを目玉にしようというのならもっと多くの郡山市民にも拝聴して欲しかった。渡邊閑哉を始め、地元や福島県に誇れる歴史や人物像を伝え、顕彰している故郷の友人らの努力に敬意を表したい。

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cordial8317 at 07:37│Comments(0)

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