旧統一教会の問題に便乗して政教分離を訴えるなら現憲法を見直すべきだ侵略的外来種である特定外国人に参政権を付与するなど言語道断

2022年07月27日

我は城の主将たり虚しく内に在って死すべきにあらず(二本松藩大城代・内藤四郎兵衛)

 戊辰戦争は西軍と東軍の戦いであり、「官軍」と「賊軍」が戦った訳ではない。だが、靖國神社の現状でも分かる通り、未だ賊軍の汚名は雪がれることはない。

 慶応四(1868)年、西軍の会津征伐に於いて、二本松藩の家老・丹羽一学は「敗戦は必定なれど三春に倣うべからず。二本松は、城が灰燼に帰し、一族屍を野に曝すとも武士道と信義に殉ずべきである」と、藩論を徹底抗戦に纏め上げた。

 154年前の同年七月二十七日、木村銃太郎隊長(22)に率いられた少年隊士二十三名が蹶起する。会津白虎隊士の構成年齢が16~17歳だったことに対し、二本松少年隊の最年少隊士の年齢は僅か12歳だった。会津武士道の昇華を白虎隊に例えるのなら、二本松少年隊は正しく二本松武士道の昇華そのものだろう。

 少年隊は、二本松城下西口の要衝である大壇口に布陣した。同月二十九日午前九時頃、少年隊は隊伍を組んで進軍してくる西軍に向かい、銃太郎の号令一下、轟然と火を吹いた少年隊の大砲によって、終に戦史に残る激戦が開始される。

 だが、二本松藩士の奮闘空しくその日のうちに落城してしまう。これを以て、二本松藩への罵詈を浴びせる歴史家もいるが、事実はそんな簡単なものではない。

 圧倒的な武力を前に「東北列藩の信を以て滅びよう」と義を貫いた。当時、西軍隊長だった板垣退助も「一藩挙って身命を擲(なげう)ち、斃れて後已むまで戦い抜く、武士道の精髄を尽くしたのは二本松を以て最上とする」と讃えている。

 元薩摩藩士で陸軍元帥の野津道貫は、回顧談(近世国民史)で「兵数不詳の敵兵は砲列を布いて我軍を邀撃するのであった。我軍は早速之に応戦したが、敵は地物を利用して、おまけに射撃はすこぶる正確で一時我軍は全く前進を阻害された。我軍は正面攻撃では奏功せざる事を覚り、軍を迂回させて敵の両側面を脅威し辛うじて撃退することを得たが、怨恐らく戊辰戦中第一の激戦であったろう」と語っている。

 二本松藩には、代々「必殺を期すには、斬らずに突くべし」という刀法が伝わっている。これは、浅野内匠頭が吉良上野介を討ち漏らしたことを聞いた二本松藩初代藩主丹羽光重が、「何故、浅野公は斬りつけたのか。斬りつけずに突けばよかったものを!」と酷く悔しがったという由来から、爾来「斬らずに突け」が伝統となった。

 少年隊士・成田才次郎が、出陣の際に父から訓されたのもこの教えだったという。才次郎、大壇口から敗走中の混乱で隊士はバラバラになってしまい、単独で二本松城下の郭内まで戻るも「必ず敵将を斃してやる」と戦意は尚も旺盛だった。

 そこで一の丁の物陰に潜んでいたところ、馬上豊かに立派な武士が一隊を率いてやってくるのが見えた。長州藩士・白井小四郎が率いる長州藩の部隊だった。

 才次郎、隊列が目前に来るまで充分に引き付け、「此処ぞ!」というところで大刀をまっすぐに構えるや一気に先頭の白井に向って突進した。歴戦の長州兵は、この遮二無二突進する小さな刺客に即座に反応し、隊長を護るべく馬前に出る。

「子供じゃ、手を出すでない」。白井は、自分目掛けて突っ込んで来るのが子供だと瞬時に見抜き兵を制した。だが、それが徒となる。才次郎の剣は、狙い違わずこの敵将の脇の下から胸部を突き刺した。白井は堪らず落馬する。

 驚愕した長州兵らは慌てて才次郎を捕えようとするが、刀を振り回す才次郎に近寄ることも出来ない。已む無く鉄砲を使い射殺した。このとき才次郎、14歳。

 現在、長州藩士・白井小四郎の墓が真行寺に残っている。維新後の明治三年、長州藩から香華料として金二両が納められた。少年への一瞬の憐憫が自らの死を招いたこの将の墓前には、今でも多くの参詣者からの香華が絶えることはない。

 西軍が城下に迫ったと聞くや、城中で構える大城代・内藤四郎兵衛は「我は城の主将たり、虚しく内に在って死すべきにあらず」と城門を開いて討って出、奮戦激闘の中で見事な最期を遂げた。四郎兵衛の最期は二本松藩士の鑑と称されている。

 丹羽和左衛門は床机に腰掛けて割腹し、膝上に広げた軍扇の上に自らの内臓を引き出して立亡していたという。徹底抗戦を唱えた家老・丹羽一学は、城の土蔵奉行宅で郡代見習・丹羽新十郎、城代・服部久左衛門と共に壮絶な割腹自刃を遂げた。「風に散る 露の我が身はいとはねど 心にかかる 君が行末」。一学の辞世である。

 少年隊や多くの藩士は藩と己の名誉を守る為に堂々と戦い潔く散った。純真無垢な精神は、大東亜戦争で散って行った特攻隊の英霊の精神と通ずる。祖国を守る為に死を決意して志願した特攻精神は祖国愛の極致というべきものであり、彼らの「神風精神」こそ先の大戦が自存の為の祖国防衛戦争であったことの何よりの証である。

 二本松少年隊や白虎隊、特攻隊然り。人というのはどれだけ生きたかではなく、どう生きたかが大事であり、祖国(藩)の為に尊い命を投げ出した若者の覇気に学ぶものは多い。二本松に生まれ育った者として、また二本松剣友会の末席を汚した者として、二本松少年隊や先人らの生き様に感謝せずにはいられない。合掌。

※コメントは返信するのも煩わしいので会員のみにさせて頂いております。コメント及びメッセージ、御意見御感想、近況報告などは mr.cordial@live.jp へ。

《会費&御支援》みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ。年会費一般30000円(月2500円)。法人120000円。協賛会員は300000円~。

cordial8317 at 06:22│Comments(0)

コメントする

このブログにコメントするにはログインが必要です。

旧統一教会の問題に便乗して政教分離を訴えるなら現憲法を見直すべきだ侵略的外来種である特定外国人に参政権を付与するなど言語道断