2023年10月15日
選択的夫婦別姓運動は我が国が誇る戸籍制度そのものの解体が目的である
性別適合手術を受けなくても戸籍上の性別変更を認めるよう求めた裁判で、静岡家裁浜松支部が「手術不要で性別変更を認める」との判決を下したことに対し、橋下徹が「戸籍上の男女の記載に大した意味はないので手術など必要なし」と賛同した。
「単なる管理簿に過ぎない戸籍は現代に合わせて抜本的に作り替える必要あり。戸籍と住民票、マイナンバー制度を合わせた個人単位のデジタル管理簿へ。個人単位にすれば自動的に原則夫婦別姓になる」と別姓推進派で戸籍法廃止を訴える橋下らしい。
橋下は、敵対する勢力を作っては過激な言辞で注目させ、マスコミを使い世論を煽るというのが橋下の手口である。保守を気取ってはいるがその正体は実に怪しげ。
訴えている政策も、「国立戦没者追悼施設建立」「A級戦犯分祀論」「夫婦別姓推進」「戸籍法廃止」「外国人参政権付与」「沖縄独立」など売国的なものばかり。
国體破壊を目指す勢力の「夫婦別姓が男女平等の理想」とか「別姓は仕事上の不都合を生む」といった主張を不審に思う国民が多くなり「夫婦別姓」運動は衰退。別姓推進派は次の手段として「選択的夫婦別姓」という新たな戦略を展開している。
平成10年以来、「民法の一部を改正する法律案」が国会に10数回提出され、選択的夫婦別姓制度について議論が成されているが、「選択的」と誤魔化してはいるが、我が国には馴染まない制度ということもあって国民的合意には至っていない。
自民党議員らが10年以上に亘って騙されていた「夫婦別姓」運動と同じ騙され方をしているのが「選択的夫婦別姓」や「女性宮家」問題である。昭和時代のあからさまな左翼活動ではなく、カタチを替えた巧妙な左翼活動に騙されてはならない。
明治維新後、新政府は国民の全てに「姓」を与え、戸籍を整え、家族の絆の重要性を教えた。国民が家族の理想にしたのは、皇室の在り方であり、正に我が国の家族制度は、「父母に孝に兄弟に友に夫婦相和し」と言われる様に尊いものである。
欧米の教育は、個人が生存権に勝つ為のものであり、辺り構わぬ闘争が行われる。働く目的は金と享楽の追求のみ。それ故に、家族の絆は緩み道徳の深さは生活から離れ、結果、唯物主義の考え方が支配的となり、人々の心を孤独化している。
欧米に比べ我が国の個人主義というのは極僅かで、世代に亘る家族の絆は固く、互いの助け合いに拠って人間本来の善良な姿と優しい心が保たれている。
夫婦別姓制の導入は家族の一体感を損なうし、然も子供に与える精神的影響も大きく、事実婚を増加させ、離婚の増加や婚姻制度の崩壊を齎すのは明らかだ。
我が国は「一夫一婦制」だが、別姓は「一夫多妻制」というか、今の時代風に言えば「一婦多夫制」とでも言うべきか。それこそ事実的重婚が可能となるのだ。
婚外子相続の違憲判決もあり、複数の異性との婚姻も容易になったということだ。別姓が罷り通れば不倫なんぞ当たり前となり、日本人の倫理観や道徳観が低下するだろうことは火を見るより明らか。まぁその方が都合の好い人もいるが(笑)
既に「選択的夫婦別姓制度」を導入している、イタリア、オーストリア、ドイツ、デンマーク、スウェーデン、ハンガリー、フランス、スペインなど欧州の国々では婚姻率が4割以上も減り、離婚率が2倍となり、婚外子の割合が5割も増加した。
北欧、フランスでは婚外子が5割を超え、従来の家族制度が崩壊してしまっている。「選択的夫婦別姓制度」の導入が最大要因であることは明らかである。
抑々、婚姻に際し氏(姓)を変える者で職業上不都合が生じる人にとって、通称名で旧姓を使用することが一般化しており、婚姻に際し、氏を変更することも、関係者知人に告知することにより何の問題も生じないし、行政上も措置を講じている。
また、「氏を変えることにより自己喪失感を覚える」という様な意見は極一部であり、それよりも、結婚に際し二人が同じ姓となり、これから新たな家庭を築くという喜びを持つ夫婦の方が圧倒的多数であり、極めて一般的な普通の感覚だろう。
夫婦同姓は、普通の日本人にとって極めて自然な制度である。別姓が導入され、別姓世代が続けば家系は確実に混乱して、我が国の戸籍制度や家族制度は瓦解する。
祖先と家族・親と子を結ぶ連帯意識や、地域の一体感や日本人の倫理道徳観にまで悪影響を及ぼすのは必至。 選択的夫婦別姓導入は戸籍制度解体への一里塚である。
我が国では、家族の絆を支えているのが「戸籍」である。戸籍は、国民の出生・結婚・死亡などの身分の変動を、「夫婦と未婚の子」を単位として登録するシステム。
戸籍制度は、結婚や相続など家族生活を営む上で極めて重要な役割を担うと同時に、実は家族の一体感を維持する機能も有している我が国の誇れる制度である。
別姓推進派は「別姓導入は戸籍制度改廃への一里塚」との思いが根強く存在するのは事実で、普通なら「別姓するくらいなら結婚などしなきゃいい」と思うが、あくまでも夫婦別姓推進派の目的が、「戸籍法」の改正に在るのだとすれば合点が行く。
夫婦別姓推進派は、現在の戸籍制度が家族単位である点を、戦前の「家父長制度」の残滓と捉えている。戸籍を個人単位の「個籍」や、欧米諸国を模した「個人登録制」に改めることを求めているが、別姓導入に因って家族の絆が弱まるだけではなく、別姓導入は日本らしい家族制度の解体を意図した策動とも言えるのだ。
つまり、選択的を含めて夫婦別姓とは、別姓させること自体が目的ではなく、我が国の誇る戸籍制度そのものの崩壊を目的とするものだと言っても過言ではない。
現在は民法と戸籍法に拠って婚姻のときの氏(姓)の決め方が定められている。 民法第750条には「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」と明記されている。何れか一方の「氏」を夫婦の氏とするということである。
この規定を大半の人は「片方が氏を変える」と理解しているが、「氏は自分個人の名前の一部」との誤解が混乱を招いている。 我が国の「氏」というものは、個人を表す名称ではない。明治維新以前には武士や大店の商人以外は氏などない。
明治維新で、戸籍を整える為に全ての国民に「氏」を与えたのが始まりで、国民は皇室の家族の在り方を理想としたのだ。 戸籍を見れば分かるが、戸籍の筆頭者のみが氏と名で書かれており、その他の家族は続柄と名しか書かれていない。
つまり、氏は家族を表す名称ということ。 日本人の日本人らしさの根幹を成すものこそが「戸籍制度」であり、個人だけでなく、親兄弟や子といった歴史の縦軸の中に生きていることを自覚出来る「戸籍制度」は世界に誇る制度であると言えるのだ。
別姓推進派は、よく「世界では」とか「外国では」という尤もらしい意見を垂れ流しているが、他所の国なんぞどうでも好いではないか。日本は日本である。
我が国は天皇を族長と仰ぐ家族国家であり、その国體の精華は万邦無比である。世界が羨む「家族制度」を守り、世界に誇れる「戸籍制度」こそ普及させよう!
※コメントは返信するのも煩わしいので会員のみにさせて頂いております。コメント及びメッセージ、御意見御感想、近況報告などは mr.cordial@live.jp へ。
《会費&御支援の御願い》みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ。年会費一般30000円。法人120000円。協賛会員300000円~。
「単なる管理簿に過ぎない戸籍は現代に合わせて抜本的に作り替える必要あり。戸籍と住民票、マイナンバー制度を合わせた個人単位のデジタル管理簿へ。個人単位にすれば自動的に原則夫婦別姓になる」と別姓推進派で戸籍法廃止を訴える橋下らしい。
橋下は、敵対する勢力を作っては過激な言辞で注目させ、マスコミを使い世論を煽るというのが橋下の手口である。保守を気取ってはいるがその正体は実に怪しげ。
訴えている政策も、「国立戦没者追悼施設建立」「A級戦犯分祀論」「夫婦別姓推進」「戸籍法廃止」「外国人参政権付与」「沖縄独立」など売国的なものばかり。
国體破壊を目指す勢力の「夫婦別姓が男女平等の理想」とか「別姓は仕事上の不都合を生む」といった主張を不審に思う国民が多くなり「夫婦別姓」運動は衰退。別姓推進派は次の手段として「選択的夫婦別姓」という新たな戦略を展開している。
平成10年以来、「民法の一部を改正する法律案」が国会に10数回提出され、選択的夫婦別姓制度について議論が成されているが、「選択的」と誤魔化してはいるが、我が国には馴染まない制度ということもあって国民的合意には至っていない。
自民党議員らが10年以上に亘って騙されていた「夫婦別姓」運動と同じ騙され方をしているのが「選択的夫婦別姓」や「女性宮家」問題である。昭和時代のあからさまな左翼活動ではなく、カタチを替えた巧妙な左翼活動に騙されてはならない。
明治維新後、新政府は国民の全てに「姓」を与え、戸籍を整え、家族の絆の重要性を教えた。国民が家族の理想にしたのは、皇室の在り方であり、正に我が国の家族制度は、「父母に孝に兄弟に友に夫婦相和し」と言われる様に尊いものである。
欧米の教育は、個人が生存権に勝つ為のものであり、辺り構わぬ闘争が行われる。働く目的は金と享楽の追求のみ。それ故に、家族の絆は緩み道徳の深さは生活から離れ、結果、唯物主義の考え方が支配的となり、人々の心を孤独化している。
欧米に比べ我が国の個人主義というのは極僅かで、世代に亘る家族の絆は固く、互いの助け合いに拠って人間本来の善良な姿と優しい心が保たれている。
夫婦別姓制の導入は家族の一体感を損なうし、然も子供に与える精神的影響も大きく、事実婚を増加させ、離婚の増加や婚姻制度の崩壊を齎すのは明らかだ。
我が国は「一夫一婦制」だが、別姓は「一夫多妻制」というか、今の時代風に言えば「一婦多夫制」とでも言うべきか。それこそ事実的重婚が可能となるのだ。
婚外子相続の違憲判決もあり、複数の異性との婚姻も容易になったということだ。別姓が罷り通れば不倫なんぞ当たり前となり、日本人の倫理観や道徳観が低下するだろうことは火を見るより明らか。まぁその方が都合の好い人もいるが(笑)
既に「選択的夫婦別姓制度」を導入している、イタリア、オーストリア、ドイツ、デンマーク、スウェーデン、ハンガリー、フランス、スペインなど欧州の国々では婚姻率が4割以上も減り、離婚率が2倍となり、婚外子の割合が5割も増加した。
北欧、フランスでは婚外子が5割を超え、従来の家族制度が崩壊してしまっている。「選択的夫婦別姓制度」の導入が最大要因であることは明らかである。
抑々、婚姻に際し氏(姓)を変える者で職業上不都合が生じる人にとって、通称名で旧姓を使用することが一般化しており、婚姻に際し、氏を変更することも、関係者知人に告知することにより何の問題も生じないし、行政上も措置を講じている。
また、「氏を変えることにより自己喪失感を覚える」という様な意見は極一部であり、それよりも、結婚に際し二人が同じ姓となり、これから新たな家庭を築くという喜びを持つ夫婦の方が圧倒的多数であり、極めて一般的な普通の感覚だろう。
夫婦同姓は、普通の日本人にとって極めて自然な制度である。別姓が導入され、別姓世代が続けば家系は確実に混乱して、我が国の戸籍制度や家族制度は瓦解する。
祖先と家族・親と子を結ぶ連帯意識や、地域の一体感や日本人の倫理道徳観にまで悪影響を及ぼすのは必至。 選択的夫婦別姓導入は戸籍制度解体への一里塚である。
我が国では、家族の絆を支えているのが「戸籍」である。戸籍は、国民の出生・結婚・死亡などの身分の変動を、「夫婦と未婚の子」を単位として登録するシステム。
戸籍制度は、結婚や相続など家族生活を営む上で極めて重要な役割を担うと同時に、実は家族の一体感を維持する機能も有している我が国の誇れる制度である。
別姓推進派は「別姓導入は戸籍制度改廃への一里塚」との思いが根強く存在するのは事実で、普通なら「別姓するくらいなら結婚などしなきゃいい」と思うが、あくまでも夫婦別姓推進派の目的が、「戸籍法」の改正に在るのだとすれば合点が行く。
夫婦別姓推進派は、現在の戸籍制度が家族単位である点を、戦前の「家父長制度」の残滓と捉えている。戸籍を個人単位の「個籍」や、欧米諸国を模した「個人登録制」に改めることを求めているが、別姓導入に因って家族の絆が弱まるだけではなく、別姓導入は日本らしい家族制度の解体を意図した策動とも言えるのだ。
つまり、選択的を含めて夫婦別姓とは、別姓させること自体が目的ではなく、我が国の誇る戸籍制度そのものの崩壊を目的とするものだと言っても過言ではない。
現在は民法と戸籍法に拠って婚姻のときの氏(姓)の決め方が定められている。 民法第750条には「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」と明記されている。何れか一方の「氏」を夫婦の氏とするということである。
この規定を大半の人は「片方が氏を変える」と理解しているが、「氏は自分個人の名前の一部」との誤解が混乱を招いている。 我が国の「氏」というものは、個人を表す名称ではない。明治維新以前には武士や大店の商人以外は氏などない。
明治維新で、戸籍を整える為に全ての国民に「氏」を与えたのが始まりで、国民は皇室の家族の在り方を理想としたのだ。 戸籍を見れば分かるが、戸籍の筆頭者のみが氏と名で書かれており、その他の家族は続柄と名しか書かれていない。
つまり、氏は家族を表す名称ということ。 日本人の日本人らしさの根幹を成すものこそが「戸籍制度」であり、個人だけでなく、親兄弟や子といった歴史の縦軸の中に生きていることを自覚出来る「戸籍制度」は世界に誇る制度であると言えるのだ。
別姓推進派は、よく「世界では」とか「外国では」という尤もらしい意見を垂れ流しているが、他所の国なんぞどうでも好いではないか。日本は日本である。
我が国は天皇を族長と仰ぐ家族国家であり、その国體の精華は万邦無比である。世界が羨む「家族制度」を守り、世界に誇れる「戸籍制度」こそ普及させよう!
※コメントは返信するのも煩わしいので会員のみにさせて頂いております。コメント及びメッセージ、御意見御感想、近況報告などは mr.cordial@live.jp へ。
《会費&御支援の御願い》みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ。年会費一般30000円。法人120000円。協賛会員300000円~。
cordial8317 at 06:39│Comments(1)
この記事へのコメント
1. Posted by 月 光 (A.H.) 2015年12月16日 23:56
●夫婦別姓の合否について
日本は家族の一体性を大切にしてきた国だ。
日本人社会が名前ではなく 苗字で呼び合うのには重要な意味がある。
永く先祖から受け継いできた苗字の継承は、その家系に汚点を造らせない作用が有る。
恥をかく生き方をすれば、自分だけではなく先祖の努力をも台無しにする。
苗字によって組織や社会に信用を与える構造といえる。
別姓が一般化すると個人主義が万延し、先祖を敬う社会が崩壊する。
墓の前で(先祖代々を想う時間)の大切さがわからなくなるだろう。
日本人は生真面目に働き、我が苗字を信用の看板とし、誇りとしてきた。
苗字で呼び合うことは世代を経た信用の積み上げであり、日本社会が生きていく上でとても重要なのだ。
別姓を認める社会になると、名で呼び合うのが一般化している個人主義の自分さえ良ければいいという、身勝手な中国・韓国と同じく低俗な国になってしまう。
別姓を合憲とする判決について、(保守的)だと言っている人は説明になっていない。
平等という言葉に浮かれているだけだ。 そこには家族・社会・祖国日本にたいする愛・礼儀・信義が無い。
●再婚禁止期間について
6ヶ月を3ヶ月とうい半分にしたところで、社会問題の解決にはならない。
科学技術によって確立できる時代でありながら、こんな判決しかできないとは呆れた裁判だ。
親子のDNA鑑定を義務づければ、男性の不安も、相続の争いも解消できる。 騙し結婚も無くなる。
我が子であるかどうかの真偽が、最も尊重すべき事柄なのだ。

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