大義を明にし 人心を正さば 皇道奚んぞ興起せざるを憂えん(藤田東湖)「国連(国際連合・UN)」とは本来は「戦勝国」という意味である

2022年02月27日

憲法第九条を盲信する護憲派の平和ボケは不治の病なんだろうな(苦笑)

 ウクライナへのロシアの侵略を目の当たりにしても日本人は対岸の火事の如くに感じ、連日流される娯楽番組に興じている。誤憲派勢力は戦争を遠巻きに見ながら、現憲法を平和憲法と疑わない。我が国の平和ボケは不治の病なんだと痛感する。

 過去に、タレントのフィフィが「平和ボケとは、まともな情報が流れてこなくて、娯楽ばっか与えられて、いつしかモラルすらこだわらなくなって、それを平和と思い込まされてて。水面下でうごめく危機に気づか無くて、いや気づか無いように教育されて。気が付けば、時すでに遅しの状態のこと」との揶揄は名言だと思う。

 当り前だが人間には目玉が二つある。だが、多くの人は世の中を片目でしか見ていないのかという意見や、自分で判断もせずにマスコミの煽った大勢に流される。

 歴史的偉人を見れば伊達政宗や柳生十兵衛、前田利家、乃木希典、北一輝、小泉八雲、双葉山などなど、隻眼と言われた人の方が物事を冷静に見てたりもする。

 6歳の時に友達と吹き矢で遊んでいる際にその矢が右目に刺さり失明した双葉山。土俵に上がったら必ず受けて立った。受けて立つ理由を聞かれた双葉山は「目が悪かったので、自分から突っかけるのは不利だと思った」とその理由を述べている

 障害を克服した人というのは物の見方や考え方が違う。その点、五体満足に生まれた故に何事にも「当たり前」という甘えが生じて自ら努力しなくなる。当たり前の反対語が「ありがとう」だが、現在の平和にも何人が感謝しているのか疑問だ。

 現代では、自分で見聞きしたものよりも、マスコミの意見やSNSで数の多いものが「当たり前」と捉え、数の少ないものを「間違い」と決め付ける風潮がある。

 江戸時代、日本にやってきた外人は丁髷を見て「日本人の男は恐ろしい、頭にピストルを載せている」と吃驚し、そこに尾鰭が付いて変な日本人観が生まれた。

 そういう日本人も、来日した外人を見て「背の高い、赤毛の天狗が来た」と吃驚したというからお互い様だわな。人の見る目と風評なんてのはそんなものだ(笑)

 大東亜戦争に突入する頃、国会議員の多くは対米戦争已む無しの声が大勢を占め、反対したのは当時は参議院議員だった大日本愛国党総裁の赤尾敏ら少数だった。結果論ではあるが、当時、共産党の策謀を見抜けなかったのが敗戦の要因だった。

 多くの国民も神州不滅を信じ、「戦争反対」の意見を吐くものなら「非国民」として憲兵にひっぱられ酷い目に遭わされた。大衆の多くは無知で愚かであり操縦し易い。人々が思考しないことは、政府にとってはこれほど好都合なことはない。

 原発運動だってそうだ。「反原発」に踊らされてる多くは無知な大衆。煽ってるのは山本太郎や菅直人ら現役国会議員と小泉純一郎や細川護熙ら元アホ首相。

 第一次オイルショックを経験した我が国は、基幹エネルギーに原子力発電を選択する。技術立国を目指す日本には必要なエネルギーだった。その結果、高度成長に乗り、三種の神器といわれるテレビ、冷蔵庫、洗濯機といった家電が普及する。

 こうした便利さを多くの国民は当たり前だと思った。今更、現代の安っぽい価値観で原発事故を論い目の仇として批判するのは筋違いも甚だしい。原発を再稼働せず、小型軽水炉開発などの新エネルギーを認めないで日本が存続するとは思えない。

 ウクライナ情勢が激しさを増せば、それでなくても値上がりし続ける燃料高騰は止まるところを知らない。トリガー条項を発動したところで一時的なものでしかない。ロシアのウクライナ侵攻はエネルギーを考える上でも重要な教訓でもある。

 我が国はロシアや中国共産党の様な独裁国家ではなく民主主義を選び、国民には言論の自由が保障されている。多数決が民主主義の基本だが数の多い意見が正しいとは限らない。同様に、善人必ずしも善人とは限らず、悪人必ずしも悪人と言い難い。

 多くの大衆の意見に逆らえば「キチガイ」や「右翼」などと詰られ人格さえも否定される。だが、キチガイ側から見れば大衆こそが変人に見えたりする(笑)

 批判されたり、軽んじられてる意見こそが正論だったり事実だったりするもの。喩えるならキリストは愛を説いて十字架に架けられた。天動説のガリレオもそう。日蓮は道を説いて流罪に遭った。また政治家も偉いヤツほどテロで殺されている。

 古来、真理を説き、道理を訴えた者は世の中に受け容れられることはなく、その多くはバカかキチガイ扱いされた上に罰せられるか殺されている。逆をいえば、バカとかキチガイだとか変人だとか言われる様になればホンモノということか(笑)

 坂本龍馬は「世の人は我を何とも言わば言え、我が成すことは我のみぞ知る」と訓えている。人間の賢愚、美醜、善悪など簡単に決められるものではない。何事も極一部の人間の判断で決まるもので、大衆はいつの時代も流される存在なのだ。

 ヒトラーは「大衆は小さな嘘より大きな嘘にだまされやすい。何故なら彼らは小さな嘘は自分でも吐くが大きな嘘は怖くて吐けないからだ」「必要不可欠なのは一人の指導者の意志、一人が命じ、他の人はそれを実行すれば好い」と訓えている。

 我が国の政治は大衆迎合主義であり愚衆政治となるのは、悪意はないが、無批判で無関心な現状維持にだけにしか興味のない大衆が、マスコミによる世論誘導を疑うことなく受け容れて、それが正しいものだと錯覚してしまっているからだ。

 政治議論は必要なことではあるが、ヒトラーが訓える様に大事なのは上に立つ者(指導者)の意志と実行力である。如何せん、我が国にはそうしたリーダーはいない。第三次世界大戦勃発という乱世を治められる政治家がいるのだろうか。

 ウクライナの侵略は我が国にとって対岸の火事ではない。マスコミの流す胡散臭げな主張に流されず、何事も両目をかっと見開いてその中身を吟味し、強固な意志と実行力を以て国民生活を安寧に導く真の保守政治家の出現を待望して止まない。

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cordial8317 at 06:34│Comments(0)

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