一族の者が皆礼儀を心得て親子兄弟の間に不和が無いこと(佐久間象山)尊敬はあくまでも醇乎たるべきものでなければならない(河井継之助)

2013年12月12日

山水三千世界を万里一空に入れ満天地とも攬る(宮本武蔵)

 一昨日の通夜に引き続き、昨日は叔父の葬儀告別式に参列した。しめやかながらも孫や曾孫らの明るさが今は亡き叔父の人柄を現していた。叔父は座ったまま亡くなってたという。その死に様は正に山岡鉄舟か達磨大師。改めて天晴れである。

 別れというものは悲しいことではあるが、死別に限らず、生きていれば別離というものは避けては通れない。全ての生き物に平等に与えられてる必然である。

「別離」で思い浮かべるのは宮本武蔵。武蔵と言えば「五輪書」が有名だが、武蔵は死の直前に、弟子らに「独行道」という21ヶ条の置文を遺している。

 一、世々の道をそむく事なし。
 一、身にたのしみをたくまず。
 一、よろづに依枯の心なし。
 一、身をあさく思、世をふかく思ふ。
 一、一生の間欲心思はず。
 一、我事におゐて後悔をせず。
 一、善悪に他をねたむ心なし。
 一、いづれの道にも、わかれをかなしまず。
 一、自他共にうらみかこつ心なし。
 一、恋慕の道思ひよるこゝろなし。
 一、物毎に数奇このむ事なし。
 一、私宅におゐてのぞむ心なし。
 一、身ひとつに美食をこのまず。
 一、末々代物なる古き道具所持せず。
 一、わが身にいたり物いみする事なし。
 一、兵具は格別、余の道具たしなまず。
 一、道におゐては、死をいとはず思ふ。
 一、老身に財宝所領もちゆる心なし。
 一、仏神は貴し、仏神をたのまず。
 一、身を捨ても名利はすてず。
 一、常に兵法の道をはなれず。

 この中に「いづれの道にもわかれをかなしまず」というものが記されてあるのが分かるだろうか。悲しまないということは武蔵は血も涙も無い冷血漢だったのか。

 例えば、酒を嫌いな人が「我、酒を絶つ」、或いは、タバコを吸わない者が「タバコを絶つ」などと書かない。飲みたいが、或いは吸いたいが止めようと自分に誓願した者が「絶つ」と言ってこそ、人に訴えるものがあるのではないか。

 そう思うと、武蔵というのは寧ろ、人一倍感情豊かで熱血漢だったのではないだろうか。別離に際して人並み以上の涙を流したいが、その涙を見せまいと努力した人間に違いない。愚生も見倣いたいと思うが、実践するのは中々難しい。

 宮本武蔵の「五輪書」は、山本常朝の「葉隠」の「武士道とは死ぬことと見つけたり」という訓えよりクールで合理的な武士道である。武蔵は「死ぬということ位なら僧侶でも女でも百姓でも弁えている、武士に限ったことではない」と言う。

「武士が兵法を実行する場合は、何事に於いても他人より優れている事が第一の条件である。個人対個人の戦いに勝ち、数人の戦いに勝つのは、主君の為、我が身の為、名を上げて身を立てる為である」という。この教えを実践するのは難しい。

 その上で、「万事に役立つ様に心掛けてこそ兵法の徳というものだ」という。要するに、武蔵は、武士が死ぬことを覚悟しているのは当然であって、その本質は「常に勝つこと」が大事であり、それによって名を上げる事が目的だというのだ。

「葉隠」の武士道が主従関係に重きを置いているのに対して、武蔵の武士道は戦国の世を如何に勝ち抜き、如何に生きていくかの「兵法」だったかが理解出来る。

「五輪書」に「山水三千世界を万里一空に入れ、満天地とも攬(と)る」という一節がある。「万里一空」とは「世界はどこまでいっても空は一つ」「全てのものは一つの世界に留まっている」という考え方で、武蔵の思想の根本とも言えるものだ。

「動揺せず常に冷静な気持ちで事に当たる」「一つの目標に向かって精進する」として解釈されるがこれが実に難しい。何か事が起これば冷静さなど忘れ右往左往。

 右翼人として政局に一喜一憂し、「時局厳正批判」を尤もらしく披歴してはいるが、目先のことを語ることや喧々諤々の議論に何の意味もないとは自覚している。

 天地自然や人間の大道を心得えて、その時勢の動きに従いつつも正義を踏み外さず、危機に際しても平時と同じ様に対処出来ること、理論なんぞよりもこういう心構えを以ての行動こそが大事である。男の修業とは斯く在りたいものだ。

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cordial8317 at 05:35│Comments(0)

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