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2013年05月31日

歴史は歴史家に任せればいいというものではない

 政治家は歴史認識を問われると「歴史は歴史家に任せる」などとキレイゴトを言う。「言い訳は見苦しいばかりではなく同じ過ちを繰り返す」というが、我が国の弱腰外交はこうした言い訳とキレイゴトと政治家の国家間の無さが元凶である。

 中韓からのイチャモンは絶えないが、政府は中韓の内政干渉に屈するカタチで「日韓歴史共同研究」「日中歴史共同研究」が行われている。日中韓の合意に拠って始められたものだが、抑抑、歴史の共同認識など共有出来るものではない。

 歴史を共有するということは、相手国の歴史を受け容れることであり、つまり自国の歴史を否定することだ。我が国の歴史学者は中韓の学者に比べれば多少モラルを持っているだろうが、他所の国は違うし、中韓の歴史家なんぞ酷いものだ。

 中韓にとって優秀な歴史家というものは歴史に対する認識より、自国の正当性を如何に論じられるかだけであって、捏造してでも如何にして真実と言い張れるかが重要となる。特に韓国側の歴史に対する修正要求は歴史解釈という様な範疇ではなく、我が国の歴史と日本人そのものを否定する愚劣なものばかり。

 日韓併合にしても、韓国人は「悪逆非道の日帝36年」と罵って止むことはない。だが然し、果たして悪逆非道だったのだろうか。あの当時、韓国国民独自の力に拠って近代独立国家建設の道など在り得ないことだった。彼らに、あの巨大ロシア勢力の排除など到底無理だったことは、近代史を学べば解ることではないか。

 日清戦争後、ロシアが南下政策を開始すると、我が国が清国から戦利品として割譲された遼東半島にロシア軍は攻め入り、韓国までも触手を伸ばそうとしている時に韓国独自でロシアと対峙することなど到底無理だったのだ。

 その意味では寧ろ「日本に韓国保護の必要性」を認めて、日本と一体となった上で民族の自立発展の道を模索しようとした「日韓合邦派」の主張の方が現実的だったと言えよう。だが、日韓併合でその日韓合邦派も沈黙せざるを得なかったのは事実。

 その合邦派を「日帝の手先」として糾弾し、その子孫までも「親日分子取締法」という事後法で弾圧する韓国に、歴史の共同研究など語る資格もなく実に痴がましい。「韓国併合は、西洋列強のアジアの植民地支配とは違う」という。

「進んだ文化を持つ国が、遅れた国を支配することは至極当然であり、先進国が後進国を支配することを批判は出来ないが、後進国の日本の韓国併合は赦されるものではない」というものだが、こうした「事大思想」にはホトホト厭になる。

 日本書紀の「在安羅諸倭臣」にもイチャモンを付け、「倭人は安羅の臣下で、安羅倭臣館という用語が妥当」などとの主張をしているが、これも「事大思想」に拠るものだ。 安倍よ、「歴史は歴史家が考える」などという遁辞を弄する勿れ。

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cordial8317 at 12:25│Comments(0)

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