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2023年11月06日

「体罰」という「愛」が子供の理性を正しく鍛える

 愛知県豊田市の小学校で、男性教諭が小学5年の男子児童を複数回ビンタして鼓膜が破れる怪我を負った。この体罰で学校側と教育委員会が謝罪し、担当教諭は「感情が抑えられず愚かな行為をした。100%自分が悪い」と自宅謹慎しているという。

 平成25年、政府は虐め問題に関し、教師の体罰も虐めと位置づけて「児童・生徒に対し一定の人的関係に在る者が行う心理的、物理的な攻撃で、児童らが心身の苦痛を感じているもの」との趣旨から、「いじめ防止対策推進法」を成立させた。

 こんな法案が成立したことで、教員はいつ晒し者になるかとビクビクして、教育どころの話しではないし、虐め問題などの根本的な問題を解決出来るとは思えない

 教諭の体罰は以前よりは減ったが、未だに後を絶たない。体罰を受けた生徒の親やマスコミから見れば暴力教師を吊し上げて留飲が下がる思いだろうが、体罰=暴力ではなく、教諭が体罰に至った経緯を公表し、根本的な解決に繋げるべきだ。

 それにしても、右往左往の教育委員会はホント厭きれるばかり。教育委員会と農業委員会ってのは実に「無用の長物」であり「税金の無駄使い」でしかない。

 子供を躾けるには、本人の理性に問い掛けて理解出来る子には効果的だが、言っても分からない子供にはその効果はない。そういう言っても分からない子供や生徒にはビンタという手段で「善悪」を本能に問い掛けることも大事なことだ。

 最後の宝刀としてのビンタだが、それには教師や親は、日々子供達に愛情を注ぎ、尊敬される様な言動や立ち居振る舞いをすることが求められる。然し乍ら、今の子供には親や教師に対して「敬」が無いから聞く耳も持たないというのもある。

 戦後の日本では、「子供を褒めなければダメ」「叱ったり殴ったりすることはケシカラン」という考えが支配的になった。この「褒める教育」は、抑々日教組が、「生徒の自主性」や「自由の尊重」と謳ったところから始まったものだ。 

 その為に、非行を繰り返す不良生徒にビンタした教師が吊し上げられて排除されてしまった。「学級崩壊」や「教育荒廃」という教育上の元凶はここに在る。

 日教組など「褒める教育」を推進する連中は「体罰は暴力」と決め付けているが、「体罰」は子供に善悪を躾けることが目的であり「暴力」とは根本的に違う。

 暴力とは、私的感情で利害が在る行為のこと。「体罰」という「愛」が、子供の理性を正しく鍛えるということを親や教師、そして教育委員会は知るべきだ。

 昨今、教師や親にしろ社会全体が子供達をどう導いて往けば善いのか解らなくなっている。子供達も親や教師に厳しく躾けられていないから善悪の判断に乏しい。そういう意味では、挫折や逆境に弱い子供というのは現代教育の犠牲者とも言える。

「体罰」で思い浮かべるのは「戸塚ヨットスクール」だろう。スパルタ式教育で生徒を死にやったことばかりが取り上げられるが、不登校や家庭内暴力などで苦しんだ親が子供を手放し、そんな子供達の実に600人以上を更正させた実践教育は凄い。

 戸塚宏校長は自著「教育再生」で、教育は「科学的精神論」に基づくと言い「正しく・強く・安定」(知・情・意)した理性を創ることが大事だと教えている。

 学級崩壊や家庭内暴力を起こす様な「『間違った・弱い・不安定』な理性を持った子供達が大量に登場した原因を考えれば、戦後、日本が採用した欧米型の『精神論』が間違っていたからだ。戦後の日本を経済大国にしたのは戦前に教育を受けた人々であり、それを潰してしまったのは戦後教育を受けた世代である」とは蓋し正論。

「欧米流の理性に抜け落ちているのは『本能論』で、人間と動物の優劣性を強調する余り動物に在る『本能』というものを下等なものとして否定しまった」と語る。

「仏教でも儒教でも『本能』が『理性』を創るのに重要な役目を果たしていると説いている。これらを考えるに教育で一番大事なのは『徳育』である。徳育というと『忠君愛国』ばかりではなくその目的は『人間性』を確立することに在る」と教える。

 幸福になる方法やきちんと仕事が出来る様になるのも徳育であり、我が国の教育再生の為には先ず本能に問いかける「正しい精神論」を創ることこそ肝要となる。

 失敗に失敗を重ねた文科省や教育委員会に学校を変える能力は無い。教育が抱えている問題を解決するには、小学校の段階で正しい人間性の基礎を創ることが大事。

「国語・数学・体育に重点を置いた授業や記憶力ではなく『考える力』を重視して、合宿などの課外授業の活用を重点的に行え」という戸塚校長の教えは正しい。

 戸塚校長の科学的にも正しい精神論に拠る教育の実践こそ、現在の学校教育での諸問題を克服してくれるものだと信じている。戸塚校長の教育論を支持してる故石原慎太郎は、「支援する会」のホームページ上で次のメッセージを寄せていた。

「我々の手で教育改革を!という真摯の叫びが、日本全国で澎湃として湧き上がって来んことを願って止みません。日本の教育再生の為には、先ず『正しい精神論』を創ることが必要なのです」とは正しく。愚生もこうした私塾を創りたいものだ。

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cordial8317 at 05:23│Comments(1)

この記事へのコメント

1. Posted by 求道者   2012年11月10日 23:12
 昭和の終わりの頃に高校(底辺の私立)に通っておりました。
遅刻するたびに正座させられて竹刀でバシバシやられたものです。
「将来ろくな者にならんぞ!」と。しかし嫌な思い出にはなっていません。
 のちに「私教連」の役員も勤めてたわけで左翼ですから、今考えると奇怪な話ですが・・・今は教壇からは降り、広報室長ですが近所ですので良く会います。
「今でも生活指導の教師は、あの頃みたいにやってますか?」と聞いたところ
「正座まではさせるが竹刀は使えない。体罰だとして訴えられてしまう」
との事です。これでは悪ガキが増長するわけですよ・・・。
 今も学校のレベルは変わらず、生徒らは駅前のコンビ二でたむろして食い散らかしてます。「竹刀が何十本あっても足りんな・・・」と思ってしまいます。
 なお20年近く前、東大の教育学部を出て共産党系出版社の社主を務めていた人物が、家庭内暴力を繰り返す息子を殺害してしまうという事件が起きました。なんとも気の毒に思ったものです。東大まで行って学んだ理論がクソの役にも立っていなかったという事ですから・・・考えを一切改めて戸塚先生に任せれば更生できたに違いありません。

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