大東亜戦争で亡くなられたプロ野球選手「投資はそれ以上の税収を生む」ということを知ってますか

2012年11月06日

愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶという

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という。過去のブログで、財政再建をする上で見倣うべき歴史上の人物として米沢藩第九代藩士の上杉鷹山を挙げた。

 鷹山公は「単に帳簿上の赤字を克服すれば財政再建が出来るという訳ではない。今は困窮の余り、この国の人々は目先の利益のことしか考えず、他人のことを思い遣れなくなっている。人々の心にも赤字が生じてしまったのだ。これを克服しなければ、喩え帳簿上の赤字を克服したとしても、また同じことを繰り返すだろう」と訓えているが、正しく現在の我が国の経済危機と同じ状況でもあり、これを見倣うべきだ。

 目先の財政再建策より、先ずは道徳教育の充実を図るべきなのだが、現実的にはそんなに悠長に事を構えていられないのが現在の日本の財政状況だ。

 現在の我が国の一般会計予算を見れば、税収が40兆円余り。これしか無いのに予算は約100兆円。税収の多くは医療費と社会保障費で消える。

 残りの予算では教育費や防衛予算、公共事業などは賄えないばかりか、国債発行に伴う利息は年々増える一方。利息だけで約20兆円にも上る。このまま行くと日本経済は破綻するであろうことは火を見るより明らかだろう。

 現在の日本の状況と同じ様な立場だったのが、江戸時代末期の薩摩藩だ。江戸時代も中期から後期になると、殆どの大名は藩の財政に苦しんでいた。算段は、市中の商人や金貸しから借りなくてはやりくり出来なかったという。

 七十七万石の薩摩藩も例外ではなく、武を以て尊しとする薩摩藩は経済を軽視し、二十五代藩主の島津重豪(しげひで)は西洋被れもあり、大金を投じて「天文館」を建てたり、博物全書を出版したりと資金を湯水の様に浪費した。

 その結果、文政十年(1827年)には薩摩藩は五百万両の借金を抱えることとなった。この頃の薩摩藩の税収は年間十五万両程度で、実に年間予算の33倍もの借金を負っていたのだ。現在、国の税収は40兆円余りで借金は1000兆円程度の約25倍だから、今の我が国の財政事情よりも酷かったというのが理解出来るだろう。

 そこで登場したのが勘定方の調所笑左衛門(ずしょしょうざえもん)という人物である。元々は殿様の茶坊主だったが、経理の才能に秀でてた為に、小納戸役頭取に抜擢され、薩摩藩の財政再建を一任されることとなったという。

 茶坊主らしく知恵を働かせた笑左衛門は、先ずは大店(債権者)に「借金の返済方法について相談したいことがあるのでお越し願いたい。証文の書き換えをしたいので持参されたし」との通知を出す。債権者にしてみれば幾ばくかの返済を当てにして赴いたのだろう。笑左衛門は証文を出させ、それを火鉢の中に投げ入れてしまう。

 この出来事に唖然とする債権者である大店の面々に笑左衛門は必死の形相で、「借金は二百五十年腑で御返しする。但し、利息は付けない。無理は承知。それが否だというなら突くなり、斬るなり好きにしてくれ」と言い放ったという。

 大店の旦那衆にしてみれば、証文は既に灰になってしまったし、商人が武士に楯突ける訳も無し。「ここまで覚悟を決めたのは余程のことが在るのだろう」と、笑左衛門が提案した「年二万両ずつ二百五十年」での割賦返済に同意する。

 その後、藩内の経費を切り詰め、一方では南の島の黒砂糖貿易を独占して財政を立て直した。重豪の次の藩主の斉彬が藩内の工業化に成功し、藩の財政は潤い、明治維新という日本の開国に大きく寄与して行くこととなったのであった。

 因みに、年二万両の返済は約束通り、明治初頭までは続けられていたが、廃藩置県に拠りその約束は消滅したのは言うまでもない。今の我が国に必要な人材は上杉鷹山公のリーダーと調所笑左衛門の様な機転の利く知恵者ではあるまいか。

「無利子・非課税」の国債に移行し、京都大学大学院藤井聡教授の「日本強靭化対策」の提言を実践すれば、我が国の帳簿上の財政再建は解消出来るだろう。だが、財政再建する上で最も大事なことは「人々の心の赤字」の解消である。

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cordial8317 at 05:06│Comments(0)

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