世界に民度の低さを証明した李明博外交は自国を正当化する強固な意志を持たねばならない

2012年08月16日

侮日売文屋・渡辺淳一を駆除しよう!

 高山正之のコラム「変見自在」や、藤原正彦のコラム「菅見妄語」が好きで「週刊新潮」は愛読している。渡辺淳一のコラム「あとの祭り」は滅多に読まない。先日発売された週刊新潮に、「国旗と国歌」というタイトルで、国歌「君が代」を腐していた。政治的なことは口にせずにエロ小説でも書いてなさいっての(苦笑)

「君が代」は「古今和歌集」巻七「賀の部」の「わが君は千代に八千代にさざれ石の巖となりて苔のむすまで」の一首からの出典であり詠み人知らず。民草が詠んだところに素晴らしさがあり、歌の本意は、大君の御代が栄えることを願ったものだ。

 我が国は、天皇を族長と仰ぐ君民一体の家族国家であり、天皇即日本、日本即天皇の天皇国家であることは言うを俟たない。この国體の精華は万邦類を見ないところであり、畢竟、陛下の御代が栄えることは、即日本が栄えることでもあるのだ。

 渡辺は国體の精華というものを理解していないし、理解も出来まい。実に「君が代」にしても、我が国體の精華を格調高く歌い上げたものであり、その曲と相俟って厳粛にして荘重、世界に冠たる誇るべき「国歌」である。外国の国歌の様に好戦的で軽いものではなく、渡辺が揶揄する様に明るく歌うのが国歌でもない。

 言論の自由が保障されてる我が国で、エロ作家が何を語ろうが勝手だが、高山や櫻井よしこ女史を登場させる一方で、こうした自虐史観に冒された売文屋を登場させているのは如何だろう。新潮社側がバランスを取ってるのだとしたら購読者に対する冒涜だ。こんなくだらない記事を読む為に購入してるのではない。

 渡辺の自虐史観は今回だけではない。今春にも名古屋の河村市長が「南京事件」で問題提起すると、渡辺は同じくコラム「あとの祭り」で、南京事件を取り上げて、如何にも見て来た講釈師の如く「南京事件は事実」として日本軍を貶めている。内容と言ったら書くのも憚れるトンデモ記事で、全ては伝聞と己の妄想ばかり。

 作家なら少しは事実を知ろうと調べるだろうに、そうしたこともせずに一方的に日本軍を貶める手法は、大江健三郎の「沖縄ノート」と全く同じである。

 その大江は現地取材もせずに、沖縄タイムズの「沖縄戦記・鉄の暴風」というデマを基に書き上げえ、摩訶不思議なことにそれが「集団自決軍命令」の証拠となった。

 こんなことが罷り通れば世も末である。 大江健三郎にしろ渡辺淳一にしろ、作家としての矜持なんぞ皆無で、日本を貶める為には手段は選ばない売国奴であるということの証明だろうが、こうした売文屋の作品を有難がってる読者も如何なものか。

 渡辺淳一は今やシナ大陸では人気作家だというが、歴史認識を観ても何となく理解出来る。70過ぎの爺ちゃんがエロ小説を綴ってるのには害はないが、歴史的事実を捻じ曲げてでも日本と日本人を貶める、こうした売国作家は駆除するに限る。

cordial8317 at 07:02│Comments(1)

この記事へのコメント

2. Posted by 爆発五郎   2012年08月20日 19:15
幼稚な、よくあるコメントが入りましたが、一々説明するのも面倒なので「ねずさんのひとりごと」を転載しますので御一読を!

http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1602.html

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