2013年11月

2013年11月30日

憲法21条では「報道の自由」が確かに保証されていが・・・

「特定秘密保護法案」に反対するマスコミやジャーナリストらは「知る権利」を翳し国民を煽動するが、一体彼らの「知る権利」とは何なのだろう。

 マスコミに「知る権利」が在るなら、国民もまた然り。だが、国民は、マスコミやジャーナリスト、或いは自称・有識者やコメンテーターらが取り上げる胡散臭げな問題に一喜一憂するばかりで、自ら考えることを放棄してしまった。

 問題が出ればその萌芽は日本や政府に在ると貶し、それをマスコミ御用達のインチキ言論人が煽り立てる。 例えば「大東亜戦争」を「太平洋戦争」と呼称し、「日清・日露戦争」や「日韓併合」に至る近代史にしても、「南京事件」や「慰安婦問題」にしても、マスコミが国民に真実を伝えているとは思えない。

 NHKにしろ、朝日新聞にしろ、GHQの「言論統制」という弾圧から未だ覚醒せず、自虐史観から脱却出来ずにいるそんなマスコミやジャーナリストが、「知る権利」などとは痴しく、「社会の木鐸」としての誇りなど微塵も感じない。

「木鐸」とは、「世人に警告を発し、教え導くこと」にあるが、どうみても自虐史観にどっぷり漬かった彼らは、贖罪意識から中韓に媚び諂い、我が国の国柄を崩壊させんが為に走狗と化してしまっている。木鐸以前に国家観に乏しい。

 憲法21条では「報道の自由」が保証されている。だがこれは、記者らの礼儀を欠いた傲岸不遜な取材活動や報道を保証するものでもない。

 放送法第1条第2項には「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること」と謳われている。

 同第4条第2項には「政治的に公平であること」、そして同条第4項には「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」と記されている。NHKや朝日がこの法令に違反してるのは明らか。

 新聞倫理綱領にも「言論・表現の自由の下、高い倫理意識を備え・・・」「言論・論評の自由を守り抜くと同時に、自らを厳しく律し品格を重んじなくてはならない」と記されている。兎角、傲慢になりがちな記者を諌める為のものだ。

 だがどうだろう、新聞記者諸公に高い倫理意識など感じることもなく、とても自らを律して品格を重んじてるとは思えない。 テレビにしろ、傍若無人な礼儀を欠いた報道は日本の品格を貶め、国民の倫理意識を低下させ続けている。

 憲法にしろ、放送法にしろ、新聞倫理綱領にしろ、記者らの傍若無人な礼儀を欠いた取材活動を保証する為のものではないのだ。「知る権利」を特権であるかの様に振り翳す前に、己らの謙虚さも無い、醜い姿を見つめ直したら如何か。

「知る権利」とはマスコミの知る「権利」ではなくて、国民が真実を知る「権利」でなくてはならいのは当たり前のこと。マスコミは知り得た情報を、公平公正に国民に伝える役目を担っているに過ぎない。 余計な私感や歪な主観は要らない。
 
 嘗て坂の上の雲を追い続けた時代、国民の側に立ち「自由民権」を主張した新聞は、「反骨」を旨とし、権力に対して敢然と大衆の代弁者を自負していた。

 時の権力は新聞社や記者を弾圧するも、彼らはジャーナリズムの矜持と使命を以て決して怯むことはなかったのだ。 今や正統ジャーナリズムは存在せず、権力への批判は単なるパフォーマンスと化し、民衆に迎合して、腐して終わり。そうした冷笑的な態度こそが真のジャーナリズムだと錯覚しているのは困ったものだ。

「反安倍」「反自民」こそが反権力と勘違いしているが、我が国の政治が未だ三流と言われ続ける一因は、世論をぶち壊して悦に浸っている進歩の無い「低能ジャーナリズム」が元凶でもある。これを正すことが我が国再生への近道である。

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2013年11月28日

「稚心ヲ去ル 気ヲ振ルウ 志ヲ立ツ 学ニ勉ム 交友ヲ選ブ」(橋本左内)

 藤田東湖と親交のあった越前藩の家老・鈴木主税が、「吾が藩は人材が乏しい」と嘆き、その際に東湖は「それは燈台下暗しだ。貴藩には立派な人材がいるではないか」という逸話を先日のブログで披歴したのを覚えているだろうか。

 東湖が推薦した人物が「橋本左内」である。左内はこの時22歳、父の後を継いで藩医となったばかりで全くの無名だったが、東湖の具眼畏るべし。

 安政6(1859)年、大老に就いた井伊直弼の手により「安政の大獄」が始まるが、それ以前に左内は、14代将軍を巡る将軍継嗣問題で、松平春嶽を助け一橋慶喜擁立運動を展開し、幕政の改革を訴えたのは承知してるだろう。

 また、左内は幕藩体制は維持した上で西欧の先進技術の導入や、同盟の必要から「日本とロシアは提携の必要性がある」といった開国論を展開して行った。

 春嶽が隠居謹慎を命じられると、左内は将軍継嗣問題に介入したことを問われて伝馬町牢屋敷に送られ、終には小塚原刑場で斬首となった。享年26歳。東湖が家老に具申してからたった4年。その4年間は短いが実に濃い生き様だった。

「安政の大獄」とは、勤皇の志士や幕府の方針に反対する者らを大量に逮捕・投獄し、更には処刑した変事である。犠牲者の中で、我が国の大きな損失となったといわれる人物が吉田松陰と橋本左内の二人であると言われている。

 左内は大阪での遊学で緒方洪庵の適塾に学び、江戸では藤田東湖や西郷隆盛、横井小楠らと交遊した。藩主・松平慶永公は、佐内の学識と人間性を信頼し、藩校・明道館の学監(今でいう教頭)を命じ、教育の改革と推進に当らせた。

 左内は小柄で色白だった為に、女子の様に見られる為に、西郷隆盛も初対面の際には軽くあしらったという逸話もある。だが、左内の識見ぶりに後悔した西郷は翌日正装して詫びに行き、以後、年下の左内を師の様に尊敬したという。

 左内が執筆した「啓発録」というのがある。「稚心ヲ去ル 気ヲ振ルウ 志ヲ立ツ 学ニ勉ム 交友ヲ選ブ」との5つの教えである。

「稚心ヲ去ル」というのは、子供っぽい、甘えた心を去ろう、いつまでも幼い心の儘では成長しない。「振気(気ヲ振ルフ)」とは、人に負けまいと思う心、恥を知り悔しいと思う心を常に持ち、絶えず緊張を緩めることなく努力する。

「立志(志ヲ立ツ」とは、自分の心の赴くところを定め、一度こうと決めたらその決心を失わないように努力する。「勉学(学ニ勉ム)」とは、優れた人物の素行を見倣い、自らも実行する。

 学問では何事も強い意志を保ち努力を続けることが必要だが、自らの才能を鼻にかけたり、富や権力に心を奪われることのないよう自らも用心し慎むと共に、それを指摘してくれる良い友人を選ぶことに心掛ける。

「択交友(交友ヲ択ブ)」とは、同郷、学友、同年代の友人は大切にしなければいけないが、友人には「損友」と「益友」があるので、その見極めが大切で、もし益友といえる人がいたら、自分の方から交際を求めて兄弟のように付き合うのが好い。

 これを書いたのが佐内14歳の時だというから驚く。昨日のブログの双葉山の「栴檀(せんだん)は双葉より芳し」ではないが、やはり歴史に残る人物というのは、幼い頃から人並み外れて 優れたところがあるというのを実感する。

 明治維新後、この「啓発録」は左内の実弟・綱常(陸軍軍医総監)から明治天皇に献上され、皇室の宝物として今でも大切にされているという。

 我が国の政治が斯くも幼稚になってしまったのは、政治家が自分自身の「稚心」を取り払うことが出来ないからで、「特例秘密保護法案」の国民不在の政争を見ながら、左内や西郷の様な政治家がいないことが我が国の不幸なのだと痛感する。

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2013年11月27日

「栴檀(せんだん)は双葉より芳し」から命名された双葉山の逸話

 大相撲九州場所は日馬富士の逆転優勝で幕を閉じた。両横綱を破った大関稀勢の里も13勝を上げ、来場所に横綱昇進を目指す。白鳳を投げた力士は最近では見たことがないが、その後起こった場内からの「万歳」コールには思わず苦笑した。

 不世出の名横綱といえばやはり「双葉山」だろう。明治45年生まれ、大分県宇佐郡天津村布津部出身。四股名は「栴檀(せんだん)は双葉より芳し」から命名。「大成する人物は、幼い頃から人並み外れて 優れたところがあること」の喩えだ。

 6歳の時に友達と吹き矢で遊んでいる際に、その矢が右目に刺さり失明する。また少年時代、父親の海運業の手伝いをしていた際に、錨の巻き上げ作業で右手小指を潰してしまう。父の海運業が失敗し、知人の警察の勧めで立浪部屋に入門。

 右目は失明していて、右手小指も動かないというハンデを克服し、69連勝の偉業は凄いとしか言い様がない。隻眼といえば伊達政宗が有名だが、北一輝や乃木希典も幼少の頃に左目の視力を失っている。先日の塙保己一もそうだが、障害を克服した努力の人は多い。特に双葉山の場合は瞬発力と寸時の判断を要する力士だから驚く。

 斯くいう愚生と言えば五体満足に生まれながら一体何をしているのやら。愚生に足らないものは努力、それも「強烈な努力」以外にないと痛感する。

 双葉山の相撲を知る人は、強さに加えて美しさがあったという。土俵に上がったら無駄な動きはせず、必ず受けて立った。今の張り手や逃げなど無様な相撲を繰り返してる白鵬とは違い、所作そのものが美しく横綱の威厳があった。

 双葉山は、受けて立つ相撲を、「目が悪かったので、自分から突っかけるのは不利だと思った」と飄々と述べているが、こうしたことでもやはり大したものだ。

 大関になって間もない頃に双葉山は、陽明学者である安岡正篤から「木鶏」の話を聞く。古典の「荘子」や「列子」に出て来る寓話だが、本当に強い闘鶏というのは、空威張りもしないし、無闇に戦闘的でもなく、木で作った鶏の如くだという。

 双葉山に安岡は、「木鶏の様になれば徳が充実し、勝敗も超越して天下無敵となる」と教え、双葉山もそれに応えようと必死に修行と稽古に打ち込んだ。

 前頭二枚目から破竹の69連勝で一気に横綱に上り詰めた双葉山だったが、昭和14年1月14日、安芸の海に敗れる。双葉山は欧州航路でインド洋上にあった安岡に打電する。「イマダモッケイタリエズ(未だ木鶏たりえず)」がそれである。

 連勝が止まった双葉山はその後、福岡県の山中で滝に打たれ修業し、再び連勝を重ねるが、昭和20年8月15日の日本の敗戦に大きな衝撃を受け引退を決意する。

 年寄り「時津風親方」となってからは、相撲界の改革と多くの関取を育て上げる。双葉山一代で、1横綱、3大関、幕内26名、関取の合計は48名という名親方でもあった。「名選手必ずしも名監督に成れず」と言うが、双葉山は違った。

 一度負けた相手には負けることがなかったことからもその努力が窺える。ハンデキャップを乗り越え、稽古と研究、精神の修養の続けた人物であり、力士としてだけではなく、日本人の模範ともいえる人格者だろう。

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2013年11月24日

幕末の激動期、安積艮斎を師と仰いだ門人実に2282人に上る

 愚生の住む郡山市の鎮守・安積国造(くにつこ)神社境内に、安積艮斎(あさかごんさい)の銅像が在る。名前の通り、郡山市(安積国)に縁の深い人物である。

 この艮斎の「艮」は大根の「根」の木偏の無いもので、丑寅の方向、つまり「東北の人」という意味がある。「斎」は師と仰いだ二人の「斎」を貰ったものだ。

 艮斎は、寛政3年(1791年)、陸奥(後の岩代)国安積郡郡山の総鎮守、安積国造神社・第55代宮司・安藤親重の三男として陸奥二本松の地に生を享ける。

 この艮斎、何故に17歳で学問を志し江戸へ出奔したというと聞こえは好いが、何のことはない、真相は女房にフラれたかららしい。16歳で隣村の「横塚」に婿入りするも、その女房が評判の美人。方や艮斎といえば画像の通りで醜男。

 その上、良斎というのは学問が好きで、仕事もせずに本ばかりを読んでいる様な男だったという。そして終には三下り半を突き付けられて、養子先から追い出される羽目となった訳だが、これを機に江戸に遊学し、そして成功を収める。

 二本松藩の儒者であった今泉徳輔に学んだ後、文化3(1808)年、その向学心止み難く、17歳で出奔する。江戸に上り、儒学者・佐藤一斎の門に入る。その後、大学頭・林述斎の門人となり研鑽を積んだ。「斎」の字はこの二人からのもの。

 23歳で江戸神田駿河台に私塾を開き、天保2年の41歳で「艮斎文略」を出版し、その後も「艮斎間話」を著し、艮斎の名は天下に知れ渡る様になる。当時、文壇では「東の安積艮斎、西の斉藤拙堂」と並び称された学聖である。

 江戸時代~幕末の激動期に、艮斎を師と仰いだ門人は驚くほどに多い。小栗上野介を始めとして、秋月悌次郎、岩崎弥太郎、清河八郎、栗本鋤雲、権田直助、高杉晋作、谷干城、中村正直、そして吉田松陰など実に2282人にも上る。

 艮斎は朱子学のみならず、陽明学など他の思想や宗教の善い所を摂取しようと自由な学風を貫いた。洋学にも造詣が深く、渡辺華山が主宰し高野長英ら学者や幕臣が会した尚歯会にも参加した。その向学心は止むことがなかった。

 天保7年(1836年)二本松藩儒となり、嘉永元年(1848年)58歳の時に海外事情研究の集大成「洋外紀略」を著し、世界史を啓蒙し、海防論を説いた。

 同3年には幕府の昌平坂学問所教授に就任し、同5年十二代将軍徳川家慶に御進講。同6年、米国、露国の国書を翻訳し、ペリー来航時にも翻訳を行っている。

 近代日本の源流とも言える江戸時代の偉大な思想家の一人でもあった艮斎は、万延元年(1860年)11月21日、昌平坂学問所にて多くの門人に看取られて、70年のその波乱に満ちた生涯を閉じた。床の間には一幅の美人画が飾られていたという。

 それは別れた女房を偲ぶ為に書いて貰った画で、「この女房に追い出されたことで今の自分がある。この絵を見て自分自身を戒めているのだ」と弟子に語っている。

 人間誰でも悪い時というのはある。そんな時こそ「災い転じて福と成す」ではないが、艮斎の様に「今があるのはそのお蔭である」という考え方こそ大事。

 艮斎が没した数年後、大政奉還、王政復古の大号令、戊辰戦争と政治的社会変革が次々と興り、見事な明治維新の大業を成し遂げ、日本が建国されたのだ。

 幕末の激動期に多くの功労者を育んだ安積艮斎の生涯、そこには近代日本の源流が在り、今も尚、滔滔と流れ続けている。余談だが、郡山の土産の定番「薄皮饅頭」で有名な「柏屋」が、「ごんさい豆」という菓子を売っている。

 江戸への旅の途中、腹が減ると懐中の煎り豆を齧りながら歩いたという。だが、余程不味かったのだろう。後年に「せめてあれに塩でも砂糖でも塗してあればマシだったのに・・・」と弟子に語ったという。この逸話に因んだ菓子が「ごんさい豆」である。郡山へお越しの際には是非、薄皮饅頭と共に土産にどうぞ。呵呵。

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2013年11月18日

今シーズン初のわかさぎ釣りに行って来た!

 昨日は釣友でもあり親友の哲ちゃんと今シーズン初のわかさぎ釣りに檜原湖へ。嬉しいことにわかさぎ釣りは初めてだという幼馴染みの弘ちゃんも同道した。

 朝4時半に迎えに来て貰い出発。途中、コンビニで買い物などを済ませて現地に向かう。6時前に桧原湖の出航場所に到着。徐々に東の空が明るくなってきた。

 出発時間は6時半、他の客も集まり出港。現場は500メートルほど行った屋形船というかドーム船、あっという間に到着し電動リールと仕掛けを整えて、いざ。

 だが、天気は最高なのだが食いがイマイチ、全くと言って好いほど反応がない。開始1時間で未だ2匹。3時間で3匹。他の客も口々に「今日はダメだなぁ」「今迄で最悪」「100匹より少ないなんて無いんだが」などと落胆しながらも誘いを続けてる。

 ワカサギ釣りは、回遊魚だから、集団で廻って来れば黙ってでも釣れるが、釣れない時は竿をトントンと動かしたり、しょっちゅう誘いをしてないと食いついて来ない。単純な釣りだが、釣れた時の楽しさはやった人じゃないと分かるまい。

 まぁ運転手もいることだし、酒でもチビチビ飲みながらのんびりとやるしかない。それにしても絶好の日和でドームの中では半袖で十分。食いは悪いが、それでも何とか遊ぶことが出来た。釣果は19匹。1匹200円を越すが、まぁこんな日もある。

 舟屋の夫婦も申し訳なさ気で、同道した哲ちゃんは今までで最悪の21匹。ワカサギ釣り初心者の弘ちゃんは開始早々の1匹と終了間際の1匹の計2匹。1匹2000円のワカサギはさぞ美味しかっただろうなぁ。そんなこともあり腰と肩が痛い(笑)

 今日の地元紙には、除染作業員が逮捕された「刃物で脅し車奪い銃刀法容疑で逮捕」「子ども3人誘拐容疑」「除染作業員の摘発急増」との記事が載っている。

 福島県内は震災と原発事故以来、除染作業員に因る犯罪が急増している。ゼネコンが受注する除染作業には、何故か「福島県民は仕事に従事出来ない」という意味不明な申し合わせがある為に、作業員の約6割は県外からの労働者である。

 復旧作業に従事してる人にこんなことは言いたくはないが、地元で正職に就いていれば、福島県まで出張って除染作業員になどにならないだろう。県内には県外ナンバーが目立つ。近所ですれ違う作業員を見渡しても、余り好い印象はない。

 原発事故以来、福島県内で逮捕・摘発された作業員は実に148人に及ぶ。逮捕摘発されない犯罪者を含めればかなりの数字に。傷害事件と窃盗が多く、覚醒剤取締法、監禁事件など。事件の中でも最悪な事件が「いわき市永崎海岸強盗強姦事件」だ。

 いわき市の永崎海岸に遊びに来た県中地区のカップルを襲い、男性ナイフで脅して暴行し現金を奪い、4人で執拗に女性を強姦した鬼畜の如き犯罪だった。

 犯行に及んだ2人が未成年ということで報道も遠慮がちだったが、こいつらもゼネコンの下請けとして来た神奈川県の建設業者から送られて来た不良どもだ。

 元請けのゼネコンを始め、この神奈川県の建設業者の名前を公表し、責任を負わせるべきだと思うが、業者の名前は出ず行政側からも何ら指導も成されていない。

「反原発」や「脱原発」を訴えるのも結構だが、原発事故での放射線被害で亡くなった人はいない。過剰な放射線へのヒステリーによって生み出された除染という作業に因って県民の安心安全が脅かされている現実をどう思っているのだろう。

 まぁそんなとこで、桧原湖や秋元湖や小野川湖、県内のワカサギはセシウムなど心配いりません。皆さんもわかさぎ釣りを始めてみませんか。呵呵。

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2013年11月16日

朴槿恵が日中韓の歴史教科書をつくることを提案(爆笑)

 朴槿恵大統領は、「ドイツとフランスのように、東北アジア共同の歴史教科書を発刊することで、欧州のように協力と対話を積み重ねることができる」と述べた上で、日中韓を念頭に共同で歴史教科書をつくることを提案した。

 日韓両政府の合意に基いて「日韓歴史共同研究」という茶番が行われているが、「日中歴史共同研究」然り、歴史の共同認識など抑々共有出来るものではない。

 韓国側の歴史教科書に対する要求は、歴史解釈という様な範疇ではなく、我が国の歴史そのものを否定するもので、無意味且つ労力の無駄で即刻止めるべきだ。 韓国は「韓国併合」は西洋列強のアジアの植民地支配とは違うという。

「進んだ文化を持つ国が、遅れた国を支配することは至極当然であり、西洋の植民地支配は先進国が後進国を支配したのであって、後進国の日本による韓国併合は、ナチスドイツのフランス侵略と同じで赦されるものではない」という歴史認識を持つ。これは正に「事大思想」であり、こうした認識には呆れるばかり。

 韓国が進歩しないのはこうした民族性が原因でもあるのだろうが、因みにイギリスもフランスも米国も過去の植民地支配を謝罪したことも無く、それらの国を咎められず、我が国にしか謝罪要求出来ないのは事大思想が故である。

 韓国は、米国の傀儡・李承晩らが創り上げたウソの歴史を鵜呑みにし、愛国者​気取りで日本だけ憎悪を剥き出しにするが、「日本の歴史認識が~」などと云々言​う前に、韓国こそ冷静に公正で公平な自国の歴史(近代史)を学ぶべきだ。

 だが、悲しいことに韓国の歴史というのは全てが「反日」のみで、その​歴史を疑うことを知らない。我が国にも未だ米国の戦後民主主義を鵜呑みにしている輩がいるがそれと同じで、それはそれで気の毒とも言えなくもない。

 韓国のウソの原点は、初代大統領であった李承晩の「大韓民国臨時政府」のウソに在る。​国定教科書でも「対日宣戦布告」を過度に強調する余り、ウソに​ウソを重ねるしかなくなっているのが現状で、こうした間違いに目を向けず、全てを日本の責任とするのは甘えであり、主権国家としての権利を放棄したことと同じである。

 韓国にしろ、中共にしろ、国家として我が国と戦った歴史はない。中共は蒋介石の国民党と毛沢東の共産党に因る「国共戦争」の結果であり、韓国が独立出来たのも敗戦に乗じて、米国からの御祝儀や餞別の類の独立でしかない。

「日清戦争」というのも李氏朝鮮を巡る戦いだったことも知らず、「日露戦争」後の日韓関係の悲劇の現実こそが「日韓併合」であり、大東亜戦争​も「朝鮮人も日本人として共にアジア解放の聖戦に立ち上がった」というのが真実だ。

 その事実を伝えないで、反日活動家だった李承晩の「臨時政府として対日宣戦に​参加した」などというウソを否定もせず、教えるからややこしくなるのだ。

 韓国の憲法の前文には「大韓民国は3.1運動により建てられた大韓民​国臨時政府の法統を受け継ぐ」と規定している。韓国が歴史を共同研究したいのなら、先ずは自国の捏造された歴史に目を向けるべきだ。抑々「大韓民国臨時政​府」は、サンフランシスコ講和条約への​署名も認められなかったし、国際的にも認められてはいない。

 こうした国際的な常識を一切無視して、「悪逆非道な日本からの独立を我々の手で勝ち取った」と​いう神話を捏造してしまったところに韓国の悲劇が在る。何か問題が起こる度に「全ての責任は日本に在る」と大騒ぎしてるが、自らの責任を真正面から見つめ直せば、如何にその認識が御粗末なものであるかが理解出来よう。

 更に言わせて貰えれば、「日韓併合」時代にしても韓国は「日帝36年」などと批判して憚らないが、果たしてそうだったのだろうか。当時、韓国国民独自の力に拠る近代独立国家建設の道など在り得ない。彼らに、あの巨大ロシア勢力の排除など到底無理だったことは、日清・日露戦争時代の近代史を学べば解ることだ。

 日清戦争後、ロシアが南下政策を開始すると遼東半島に攻め入り、韓国までも触手を伸ばしている時に韓国独自でロシアと対峙することなど到底不可能だった。その意味では、寧ろ日本による韓国保護の必要性を認め、日本と一体となった上で民族の自立発展の道を模索しようとした「日韓合邦派」の主張の方が現実的だった。

 その合邦派を「日帝の手先」として糾弾し、その子孫も「親日分子取締法」に拠って弾圧する韓国に、歴史の共同研究など語る資格はない。父親の朴正熙も日帝の手先と認定されてるではないか。先ずは父親の名誉を恢復したら如何か。

 厚顔にも朴槿恵が「日中韓で歴史教科書の共同研究を」などと提案しているが、これ即ち己の歴史を知らない故の妄言であり、我が国がそれらを受け容れるということは歴史の捏造に与することと同じ。断じて赦されるものではない。歴史の問題は、一国の存亡に係わる一大事であり、安易に譲歩・妥協するべからず。

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2013年11月15日

「人は何の為に死ぬのか」「人は何の為に死なねばならないのか」

 昭和45年11月25日、三島由紀夫は森田必勝、古賀浩靖、小川正洋、小賀正義の楯の会メンバーと共に陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地・東部方面総監室を占拠して総監を人質に立て籠った。三島は、憲法改正の必要性を訴え、最後は同行した森田と総監室にて割腹自殺を遂げた。携行した「檄文」には次の様な一節が在る。

「我々は、戦後の経済的繁栄に現を抜かし、国の大本を忘れ国民精神を失い、本を正さずして末に走り、その場凌ぎの偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。政治は自己保身、権力欲、偽善のみに捧げられ、国家百年の大計は外国に委ね、敗戦の汚辱は払拭されず誤魔化され、日本人自ら、日本の歴史と伝統を潰して行くのを歯噛みしながら見ていなければならなかった・・・」

 三年後の昭和48年11月20日、靖國神社の社頭で壮絶な割腹自殺を遂げた青年がいる。その名は土方英次。携行していた遺書には次の様な決意が綴られていた。

「世に言う三島事件以来、早や三年幾月が経過しましたが、現状の日本社会は混乱を来たし、富の偏差は甚だしく、人心は乱れ、巷での悲劇は枚挙にいとまがない。日本民族に継承されつづけた伝統、美的心を失った者が世に氾濫し、正直者が馬鹿をみる社会風潮は一向に改められるような兆候は見受けられない。あの故三島由紀夫先生の死が、我々日本国民一人一人にとって、又現在直面している日本社会にとって、歴史的に何を意味するものであるかを今一度今一度日本人の心に立ち帰り、直視しなければならない」 だが、この事件はマスコミによって隠蔽されてしまった。

 土方英次のやむに已まれぬ信条が公表されない儘、この翌年の2月11日に、元国士舘大生・大橋正文も靖國の同じ場所で自刃する。その遺書には前年に自刃した土方英次の覚悟が綴られ、土方は「叔父」であることを明らかにしている。

「今日、建国の日をもって我らが憂うる御国に命、捧げん。我、日本人に生、受けたるを喜ぶ。土方英次(叔父)昭和四十八年十一日二十日自刃。大橋正文 昭和四十九年二月十一日(建国記念の日)」「叔父、故土方英次の名を記しましたのは、平常、小生と同様の考えを持ち、同様に割腹自決して果てた故人の死が誤った形で世間に伝わり、その無常さを思うと、忍びず、真に勝手独断な振舞ではありますが、小生の至情お察し下さいますよう。昭和四十九年二月十一日。元国士館大生・大橋正文」

「遺書」に記した「元国士舘大生」という文字に、紛れもなく真の愛国者であった大橋正文烈士の国士舘への思慕の念が犇々と伝わって、泣けてくる。

 愚生も国士舘OBではあるが、恥ずかしながら、この事件も、先輩である大橋正文という名前も知らなかった。facebookや国士舘大学の「皇国史観研究会」のブログでこの事実を知り、OBとして、また今を生きる日本人として忝さで一杯だ。

 大橋正文烈士の自決を受けて「国士舘大学有志」「大橋正文君遺徳顕彰会」が設立されたこと。大橋烈士の義挙を称える冊子が発行されたことなどがアップされ、国士舘大学・柴田梵天総長が大橋烈士の両親に宛てた手紙の一文を記している。

「昨今の時勢は純真なる真日本人には忍び難き状況にて、我々も心から義憤を禁じ得ません。私は故正文様の挙が決して無にならぬことを固く信じ、又我等一同心から御冥福を御祈り致しおる旨御霊前に御報告戴きますならば誠に幸いでございます」

 然し乍ら、梵天総長が、「故正文様の挙が決して無にならぬことを固く信じ」と宣ったにも拘らず、マスコミからのバッシングを懼れたのか、文部省からの圧力があったのか。私学助成金欲しさに沈黙したのなら総長の不徳の致すところだろう。

 その後、大橋烈士の義挙が国士舘で語り継がれることは無く、こうした冊子も学生らが目にすることも無かった。愚生が入学したのが昭和54年、事件から未だ5年ほどしか経っていなかった訳だが、先輩らからもこの話を聞かされたことはない。

 元国士舘大生・大橋正文烈士とその叔父の土方英次烈士両名の、三島由紀夫に追随した憂国の至情と、この世を超えて生き代わり、死に代わりつつ、「永遠」に生き続ける魂を、我々は決して忘れることなく語り継がねばならない。

 楠木兄弟を始め、大東亜戦争での特攻隊など「義」を貫いた方々は多く存在する。彼らの最後は、余人の想像を絶する悲しみや苦しみの世界を潜り抜けたに違いない。彼らの渾身の悩みに比べれば我々の悩みなどちっぽけなものなのだ。

 楠木兄弟や英霊、山口二矢、三島由紀夫、森田必勝、野村秋介、そして土方英次と大橋正文。「人は何の為に死ぬのか」「人は何の為に死なねばならないのか」ということを身を以て示した、彼らの崇高な精神を忘れてはならない。

「留めおきし大和魂時を得て たぎる血しほか匂うもみじば」(柴田徳次郎)

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2013年11月14日

般若心経の「羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶」の響きが好きだ

「般若心経」は、お釈迦様が弟子の舎利弗(子)に語った「悟りを成就する道」であり、その語った言葉を三蔵法師が訳したものだ。「三蔵法師」というと、愚生的には日本テレビで放映された「西遊記」の夏目雅子を思い浮かべてしまう(笑)

「三蔵法師」というのは、仏教の経蔵・律蔵・論蔵の三蔵に精通した僧侶のことで、夏目雅子が演じた「玄奘三蔵」という人物も三蔵法師の一人に過ぎない。

 般若心経は難しそうだが、文字数は題字を含め276文字。教育勅語の315字より少ない。「空」が7回、「無」が21回、「不」が9回。文字数的には「無」が多いが、般若心経の教えは「空」であり、その「空」を知り、「空」に生きることにある。

 最後の「羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶」(ぎゃーていぎゃーてい、はらそーぎゃーてい、ぼーじーそわか)の響きがラップっぽくて好きだ(笑)

「さぁ皆一緒に、真の幸せの世界に行こうではないか!」「悟りの彼岸に到達して一切を成就しよう」という、この呼びかけに応えるにはどう生きるべきか。

 死んで戒名を頂くのは釈迦の弟子になるということだが、その意味を知らない仏教徒ばかり。戒名を貰ったら極楽浄土に往ける訳ではない。つまり、仏教徒というのは死後も御釈迦様の弟子として修行の道を選ぶのだから実に信心深い。

 仏教徒ならばせめて、「自ら苦労されて心理の世界に到達し、これこそが真理の道である」と説かれた般若心経くらいは覚えて損はないと思うが、先祖の宗派すら分からない人も多く、葬式があって初めて知ったなんて人はかなり多い。

 愚生は仏教徒でもないし、日蓮などを信仰している訳でもないが、「仏」というのは夫夫の心に在り、「極楽浄土」は現世に存在しているものだと思っている。

 自分より能力的に劣る者、自分で答えが出せないでや悩んでる人に示唆したり、或いは貧しく、難渋している者を救うことこそ「極楽浄土」なのではなかろうか。

 大乗仏教の中では、「華厳経」というのに興味がある。「一即一切一切即一」という「一塵の中に全世界が宿り、一瞬の中に永遠が在る」という教えが好い。

 11日の午前1時59分日、本家の従兄弟が亡くなった。享年79歳。父方の従兄弟の中では父が末っ子で、愚生も末っ子だったので、当然従兄弟の中でも愚生が一番若い。自分よりも25歳も上だが「嘉兄ちゃ」と慕い、色々と面倒を見て貰った。

 晩年は体調を崩して本人も、介護する家族も大変だったと思う。昨日は通夜が行われ、今日が告別式だった。式は浄土真宗でしめやかに執り行われた。

 浄土真宗というか、抑々仏教とは「死」は「穢れ」ではないと教えている。浄土真宗では、故人を阿弥陀如来の智慧の光明に拠って極楽浄土へと導く教えで、所謂「他力本願」というものだ。因みに浄土真宗では「般若心経」は唱えない。

 通夜では親鸞上人の「正信念仏偈(げ)」という有難い御言葉(経)が書かれてあるビラを頂き、道士と一緒に念仏を唱和した。その後、説教があり、「阿弥陀如来様は誰にでも分け隔てなく御救い下さります」ということだった。

 ビラを捨てると罰が当るぞと、「大事に取って決してゴミ箱には捨てない様に」と釘を刺された。「あれ、阿弥陀如来様は分け隔てなく御救い下さるんじゃなかったっけ」とツッコミながら、流石、浄土真宗本願寺派だからこんなものか(笑)

 そういや、「本願寺派」と「大谷派」で結成された「非戦平和共同行動委員会」や「反靖国連帯会議」「反靖国全国連絡会」「非武装平和を願う会」「真宗遺族会」は、閣僚の靖国神社参拝や、「つくる会」の教科書採択に反対している。

 この事実をしても、宗教家とは程遠い「国賊宗教団体」と言った方が好いだろう。靖國神社に反対する理由として、「アジア諸国への侵略を聖戦とし、戦死者を英霊と称えることで戦争を美化・肯定する役割を果たしてきたのがヤスクニの思想であり、宗門の過去の過ちに学び、平和な社会を実現する為だ」と表明している。 

 要は、「浄土真宗」は親鸞の教えとは程遠い葬式仏教。國體破壊を最大目標とする日本最大の邪教と言っても過言ではなく、創価ガッカリとどっこいどっこい。まぁゴミ箱に捨てないだろうが、新聞と一緒に処分するかもなぁ。呵呵大笑。

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2013年11月05日

最高裁で違憲判決が出された場合には速やかに憲法改正すれば好し(苦笑)

 最高裁判所は、司法権を担当する司法における最高機関であるというのは誰もが知っているが、最高裁で出される判決が全て「正義」とは限らない。

 全ての裁判所(下級裁判所)は、最高裁判所の下に置かれ、唯一の終審裁判所として、上告及び特別抗告について裁判権を持つ。だが、最高裁判所で判断するのは、その上告や特別抗告が日本国憲法に合致しているか否かだけ。正義は別だ。

 最高裁が「憲法の番人」と称されるのはそういうことで、「靖國訴訟」や「一票の格差」「非嫡子(婚外子)問題」に限らず、制定当時より環境が劇的に変わっている今、現憲法下では更なる違憲判決が出されるのは火を見るより明らかだ。

 今や日本国憲法というのは国の最高法規としては機能していない。前文にしろ、第一条の「天皇」の条項から矛盾だらけで、天皇という存在は共産党が言う通り違憲の存在なのだ。こんなバカげた国の最高法規が何処にあろう。天皇は憲法以前の御存在であり、事後法というべきクソ憲法に憚る必要が何処に在ろうか。

 日本国憲法が施行された当初から比べればその環境が大きく変わり、それに対応することもなく、一字一句たりとも改正することなく、それを「平和憲法」などと有難がってること自体が本末転倒であり、政治家の怠慢以外の何ものでもない。

 現憲法で得たものは、成否は別として「自由主義」「民主主義」「人権尊重」「平和主義」が代表的なものであり、今日の基を築いたと言っても好いだろう。

 だが、逆に失ったものも多くある。「礼節」「長幼の序」「忍耐・我慢」「滅私奉公」「信義」「忠義」「親孝行」「愛国心」などなど数え挙げたら限がない。

 いつの間にか利己的なことを恥じない人間ばかりが殖え、自己犠牲の精神など皆無に等しい。自分を犠牲にして他人に尽くすことこそ日本人たる所以であり美徳美風なのだが、今や心の中の高貴さを失い、高邁な知性の磨きを様を忘れてしまった。

 こうした戦後のGHQや米国の価値観を植え付け、祖国日本を貶めた元凶こそが日本国憲法であり、最高裁の違憲判決にオロオロして、目先の法律改正や憲法解釈で誤魔化そうとする国会は、最早、国権の最高機関としての存在価値もない。

 公明党が躍起となっている「非嫡出子(婚外子)」の遺産相続分を嫡出子と同等とする「民法改正案」に、自公連立を優先する自民党も同調する構えだというが言語道断である。不倫や愛人との間に生まれた子が本妻と同じというのも如何なものか。

 我が国は天皇を族長と仰ぐ家族国家であり、この国體は万邦無比である。教育勅語に「父母に孝に兄弟に友に夫婦相和し」とあるが、ここに愛人や妾の子供を入れる様なもの。国柄が壊れて行くのを拱手傍観している訳には参らない。

 最高裁で違憲判決が出された場合には、速やかに憲法改正の手続きをすれば好いことだろう。前述した様に日本国憲法は矛盾だらけのクソ憲法であり、現憲法を無効とし、新憲法や大日本帝国憲法復元改正こそを急ぐべきである。

 言い方を変えれば、最高裁というのは究極の護憲団体なのだ。「新憲法制定」を党是とする自民党が現憲法の矛盾と対峙せず、「憲法の番人」である最高裁判決に則った施策を講じている限り、新憲法制定どころか改正も儘為らないだろう。

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2013年11月03日

寒暑、栄枯は天地の呼吸なり、苦楽、栄辱は人生の呼吸なり!

 人間関係というのは、往往にして良い時だけは付き合うが、悪い時や悪い部分を指摘されたりすると、どうしても気不味くなり徐々に離れて行く場合が多い。

 野球の落合博満はこう述べている。「良い時も、悪い時も同じ態度で接してくれた人だけ信じられんだ、そういう人と一生つき合っていきたい」。尤も、付き合いというのは付き合う時よりも、離れる時の方が難しい。男女の仲も同じだろう(笑)

 離れるにしてもきちんと説明し、理解を得る努力をすれば好いが、どっち付かずで、結局はその優柔不断から疎遠となり、「絶縁」「断絶」という経緯に至る。

 先日、facebookで後輩をFBFから削除した。他の友達には「いいね!」を押すが愚生のは全くシカト。他にも理由はあるが、本人が一番分かってるだろう。

 自分の日記やコメントは多くは若い者に対する苦言や示唆だと自任しているが、愚生からの意見を読みもせずに、それを嫌味や悪意と捉えられたのでは致し方ない。

 この後輩が未だ20代の頃から知っているし、地元のヤクザ幹部から「この男を右翼として育ててくれないか」と頼まれて、惜しげもなく仕込んだつもりだった。

 だが、本人は未だ素人に毛の生えたくらいの右翼なのに何を勘違いしたのか、辞めた元隊員の家族にまで宣伝車で嫌がらせして恐喝してパクられたことがあった。

 初犯なのに送られた刑務所は中期刑務所の福島刑務所。見た目が暴力団員だし仕方ない。愚生も傍聴に行ったが、かなり悪質で本来なら破門処分だが大目に見た。この隊員の他にも、本部の2人がくだらない事件でパクられ刑務所へ送られた。

 本部の総責任者として反省し、銀座での遊びも止めた。刑務所にいる若い者を想いストイックな生活を心掛け、本や手紙などの差し入れも欠かさなかったが、自分の名前だけではなく総隊長名や、そいつらの兄弟分の名で差し入れしたりもした。

 彼らから返ってくる手紙には必ず「この御恩は一生忘れません」「社会復帰した暁には御恩に報いる為に愛国運動に邁進し」とのキレイゴトが並べられていた。

 だが、パクられた内の一人は出所後に自殺、他の者も社会復帰してからというものそんな言葉など忘れたかの様に元の生活に戻ったというかそれ以上酷くなった。

 愚生が本部との運動方針の違いから引退すると、嫌がらせなのか「除籍通知」が出された。「この御恩は一生忘れません」と言っていた奴もこれに同調したというから呆れ甚し。本来なら前総隊長へ諫言すべきで、それが士というのもだろう。

 右翼人として後ろ指を指される謂れはないが、未だこの「除籍通知」にビビる右翼関係者もいるというから驚く。右翼というのはホント見かけ倒しばかり。

 除籍通知なんて知らずにいた前出のヤクザ幹部が近況報告がてら前総隊長に電話。総隊長曰く「佐久間に戻ってくれるように言って貰えないでしょうか・・・」

 総隊長に依頼されたそのヤクザ幹部から「一献どうよ!」と鮨屋に誘われで行ってみれば、その話だった。「自分はヤクザに興味はないし、今さらヤクザの傘下になってまで右翼を続けるつもりはないですので」と、防挺復帰の話は断った。

 てっきり、自分が辞めたので、郡山在住の隊員も当然辞めてるだろうと思っていたら、自分に隠れて本部とやり取りしてたのにはビックリというかガッカリした。

 義理や筋なんてのは全く無い。恩というものをどういう風に感じていたのだろう。その後、この隊員は「絶縁」処分となった。絶縁状には「犬畜生より劣る・・・」と記されてあったそうだが、別れ方がだらしないからこういう結果になる。

 そのヤクザは地元の大手暴力団二次団体の幹部だが、防挺のことは昔から贔屓にしてくれてる人で、右翼の活動には理解のある昔気質のヤクザである。

 前総隊長に、「名古屋と縁を持ったからこんなこと(破門通知や絶縁処分)やってるの?ヤクザだったらヤクザの話しをしましょうか」と苦言を呈されていた。「いや、ヤクザにはなってないし、そういう訳ではありません」と言ったという。

 その後の防挺といえば、前総隊長に付いて山口組弘道会入ったのは好いが、一人もヤクザに成りきれず破門。現在の防挺は昔の行動右翼の面影はない。

 この絶縁された隊員(原田文博)といえば、あれだけ世話になった前出のヤクザとも疎遠になった。そして今度は愚生とも一線を画し、距離を置き出した(笑)

 別にシカトするなりゃすりゃイイし、ケツ捲るならやればイイ。要は、小さなことを気にし過ぎ。あいつはヤクザブルだし、何より破天荒さが足り無い。ああいうのは見かけだけで右翼には向いてはいない。右翼は好い人ではダメだ、削げ者が好い。

 入れ墨だけは超一流だったっけ。人柄は好く、見かけだけ見れば一流の右翼なのだ、否ヤクザか。外見しか見ない堅気衆には評判はすこぶる好い。でもイイ人ぶり過ぎるのだ。右翼はイイ人だけじゃダメだ。男としての言行や心意気が大事なのだ。

 ヤクザも堅気と同じ様に、見る目が無いから外見で人を判断するしかない。乗ってる車や連れてる女、裸になれば入れ墨の多い方がそっちの世界では勝ちだ。そういうのと似た様なのが右翼だというのだからヤクザになめられるのだ。

 野村秋介は横浜のヤクザ幹部から、「ヤクザに成りきれない中途半端なのが右翼だ」と言われ、ハッとして反論出来なかったというが、その気持ちが十分に分かる。

 まぁ、今回のブログは取り留のない文章になりましたが、人の付き合いとはそういうこと。人間好い時もあれば悪い時もあるし、人生なんぞ面白くない事ばかり。夫婦なんてのもそうだが、好かったことだけを心の支えに生きてくべきだと思う。

 日本儒学者の権威であった佐藤一斎は、「言志耊録(げんしてつろく)」で「寒暑、栄枯は天地の呼吸なり、苦楽、栄辱は人生の呼吸なり!」と訓えている。人生は良い時もあれば悪い時もあるのは当然で、それだからこそ人生は愉しいのだ。

 日本人の悪い癖は言葉足らずで、「言わなくても分かってくれるだろう」というのは単なる錯覚でしかない。言わなきゃ分からないし、反論があれば言い返せば好いだけだろう。大人ぶって揉め事を避けることの方が卑怯だと思っている。

 まぁ、それでもこっそりブログやfacebookを見てるかも知れないので、今後は遠くから日本男児として恥じない生き方をしてるか見守るつもりです。つ~か音信不通じゃしゃあないか。唯、心配なのは、支那人女性と結婚したということ。

 愚生の故郷の知人は、結婚相談所を介し、支那人女性と結婚したのだが知人は、その内の2人が焼身自殺や首つり自殺。多額の保険金が下りると早々に本国へ帰ってしまったり、財産を持ち逃げしたり。そうならないことを祈るばかりだ。呵呵

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2013年11月01日

山本太郎の行為は「開かれた皇室論」の弊害でしかない

 今日は朔日ということで身を清め、神棚を飾り直し、神饌を新しくして、畏くも皇室の弥栄と玉体安穏、そして心願成就を祈る。扨て、今月もどうなるものぞ。

 昨日、知人から「皇室カレンダー」と「国会手帳」が贈られてきた。国会手帳は使い勝手がいいが、右翼現役ではないので昔ほど利用する機会はない。

 右翼人ではあるが、「皇室カレンダー」も部屋には飾らない。畏れ多くも陛下の画像を月が終われば捲ったり、破ったりするというのも気が引けるからだ。

 facebookなどSNSでは、両陛下を始め皇太子や同妃殿下や愛子内親王の記事を載せて悦に入って愛国者ぶってる営業保守派や自称愛国者をよく見かける。

 左翼陣営が謀った、所謂「開かれた皇室論」に与してることさえ気付いていないから軽々しくアップ出来るのだろう。陛下や皇室に対しては、喩えそれが讃えることや誉めることであっても不敬だと親から教わったし、自分でもそう思っている。

 山本太郎が園遊会で前代未聞の不敬を働いた。言語道断、政治的良識が求められ参議院議員のやる行動ではない。政治家として恥ずべき蛮行である。山本の軽挙妄動を諌め、粛々と法に則って罰し、議員の職を剥奪し追放するべきだと思う。

「請願法」には、「天皇に対する請願書は、内閣にこれを提出しなければならない」と明記されている。参議院議員として山本の行為は違法行為であるのは明らか。

 本人が「手紙を渡すことが失礼に当たるかも知れないとは思ったが、禁止されてはいない」「法律には触れていない」という詭弁は無知以外の何物でもない。

 陛下にしてみれば、山本の様な出来の悪い子であっても我が子と同じ。請願自体を煩わしいとは思わないだろう。だが、山本の行為は天皇の政治利用そのものだ。

 軽挙妄動を批判された山本は神妙な面持ちで「御宸襟を煩わせた」と謝罪した様だが、日頃から、天皇や皇室を軽んじてるからこうした愚行に奔るのだ。

 取り巻きがその行為を称え、糾弾する国民もまた勇ましい言葉を放つ。山本の軽挙妄動は赦し難いが、右翼陣営には何故か山本支持派が多いから罪がない。

 売国マスゴミや女性週刊誌どもの「敬称・敬語不使用」や「開かれた皇室論」の姿勢は、今や国内に蔓延し、天皇陛下や皇室に対する敬愛の念を薄れさせている。今回の山本の軽挙妄動も、こうした「開かれた皇室論」の弊害でしかない。

 1932年、ソ連共産党から日本共産党へ「コミュンテルンテーゼ(命令書)」が出された。その中には所謂「天皇制廃止運動」というのも記されている。

 昭和時代に於いては「戦争責任・退位論」に始まり、「開かれた皇室論」と「敬称・敬語不使用運動」、そして平成に入っても引き継がれ、「女性天皇論」や「女性宮家」の問題として、その所謂「天皇制廃止運動」は継続されているのだ。

 抑々、我が国に「天皇制」など無い。「天皇制」とは蛆虫・共産党が創った造語である。「美智子さま」「皇太子さま」「雅子さま」「紀子さま」「悠仁さま」という呼称は、国民も気付かぬ間に共産党の命令書を忠実に遂行している様なものだ。

 本来の日本人ならば、皇后陛下、皇太子殿下、皇太子妃殿下、秋篠宮妃殿下、悠仁親王殿下との尊称で呼ぶべきである。こうした「開かれた皇室論」から、我が国の伝統文化や美徳が喪失して行くということを少しは自覚するべきだろう。

 我が国は天皇陛下を族長と仰ぐ家族国家であり、この国體は万邦無比である。「畏れ多くも畏くも」とは言わないまでも、節度ある敬意を表するべきだ。

 保守派を気取る連中の御真影の貼り付けも同じ様なもので、天皇の本質というものが誤られてしまっているからだ。「開かれた皇室論」を元凶とする反天皇制運動を糺さねばならない。「天皇は神聖にしてこれを侵すべからず」、これに尽きる。

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