2010年01月21日

日本人であるということ

 大航海時代の末期でもあった嘉永6(1853)年、ペリーの黒船が来襲し、我が国はこれに対抗する為に強力な中央集権国家を形成しなければならないと「明治維新」を成し遂げる。危機に直面して僅か15年で体制を整えたのは奇跡とも言える。

 フランスやドイツが、国家形成に至るまで革命を繰り返し100年以上の年月がかかったことと比べてみても、僅か15年で日本を建国したことに驚嘆すると共に、自分がこのような賢い国に生まれたことを心から感謝せずにはいられない。

 我が国の歴史上最も賢かったのは「聖徳太子」だろう。太子は607年、日出ずる日本と隋との対等外交に踏み切る。645年「大化の改新」を実現する。この後663年、白村江(はくすきのえ)での敗戦を機に中華圏との正式な外交を絶つ。

 その後、1871年に日清修好条規を結ぶまでの1200年に亙り日本は日本列島の中で日本文化を熟成させた。大陸からの漢字に音と訓を付け、ひらがな(後にカタカナ)を付け加え、大和言葉を表現し支那とは全く別の文字体系と文化を創造した。

 一方、支那は戦乱に次ぐ戦乱、易姓革命の連続で文字文化の発達は全く止まったままだったのだ。我が国は異文化を吸収し、より善いものを生み出す国民性であり、親中派が「日中は同文同種、一衣帯水である」というのは全く誤った認識である。

 今、日本が直面している全ての問題はこうした先人の努力を無視し、「日本人が日本人であることを見失った」ことが起因していると考えても過言ではない。

 つまり、何処の国で生まれ、何処で生き、何の為に働き、何を尊び、何を信じるのか、子供達に何を語り、友人や朋輩と何を分かつのか、そうした生き方を見失ってしまったことから、現代の混乱と混迷、様々な問題は起きている。

 今一度、「日本とは何か」「日本人であるとはどういうことなのか」を考えながら世界と付き合うべき時代なのだ。欧米主導の西欧時代の終焉が叫ばれている今、我々は日本について考え日本人であるという証を示さなければならない。

 本来の日本人なら心の中に「日本人の魂」というものを持っている。この国の歴史伝統や先人達に対する尊敬や愛着の想いである。例えば、我が国が大東亜戦争に負けたのであれば、限りなく口惜しいと思い、GHQに因る占領で失われたものが有るなら、それを何としても取り戻したいと思う「心」である。

 そう考えるとき、右翼を標榜する者や保守政治家から、日本人としての魂から発する「思い」を感じることもなく、思想無き右顧左眄型の偽善者ばかり。 我が国は世界の中で最も優れた精神文化と独自の価値を有する国家である。

「保守」とは我ら日本人が未来永劫護り抜かねばならぬ民族、宗教、言語、歴史、価値観、習慣、制度の世界の中で最も優れた精神文化を護り、継承して行くものでなくてはならない。中でも皇統の死守は日本人としての義務である。

cordial8317 at 11:43|Permalink

小沢一郎VS特捜が全面対決

 検察との全面対決を剥き出しにした小沢一郎だが、検察にしてみれば政治資金規正法違反の容疑を解明し、小沢への疑惑や真実を明らかにしたいだけである。

 検察は「政治資金規正法は議会制民主主義の根幹を成す法律。政治資金の実態を偽ることは国民を欺いて政治判断を歪めることに他ならない」と強調しているが、疑惑の解明は当然であるし、疑惑がありながら検察批判とは厭きれるばかり。

 検察が秘書の違反容疑の動機や証拠を調べているのだから、小沢が気色ばんで対決姿勢を露にするより、堂々と事情聴取に応じ、自らの潔白と秘書への不当逮捕の理由を説明すれば良いことだろう。国民が知りたいことは、小沢が検察の事情聴取に応じるかどうかではなく、真実はどうなのかということに尽きる。

 文芸春秋二月号の「消えた五箱のダンボール」という記事には、昨年三月に大久保秘書が逮捕された日に側近らで証拠隠滅工作を行ったことが書かれている。

 今回逮捕された石川議員の元秘書の証言でもあり、具体的に「これを特捜部から隠せて本当に良かった。あと二時間遅れていたらみんな逮捕だったな」「中には鹿島(建設)の資料も入っている。西松(建設)なんか問題じゃないよな」という、その「やばいもの」をダンボール五箱に詰め込み持ち去ったという。

 隠蔽工作には小沢側近の樋高副幹事長も加わっており、「資料が出ていたら、小沢先生も含めて全員逮捕だ」と言ったと証言しているが、検察にすれば、そういった証言が有る以上調べるのは当然で、先日、小沢事務所や鹿島本社、水谷建設、山崎建設、宮本組などに一斉捜査が入ったのもその流れだろう。

 この家宅捜査の対象は、小沢の地元岩手県奥州市の「胆沢ダム」に参入している会社ばかりで、民主党の目玉政策だった「八ッ場ダム」が工事停止になったのは、小沢に献金しなかった為であるとの噂があったが、強ち間違いではあるまい。

 公共工事を利用して「天の声」によって利益を得る手法は、田中角栄や金丸らがやっていたことと同じで、小沢が政治的な力によって独裁的なことをやらかしてるのはそれこそ民主主義の根幹を歪める不当な行為であり断じて許されるものではない。

 共同通信社の世論調査で、小沢の幹事長続投に73%の国民は辞任すべきとして反対おり、小沢の説明には6.3%しか納得出来た国民はいない。民主党議員の殆どが、党大会での小沢の説明に「納得出来た」と語っていたが、国民意識とかなり乖離しており、こんな自浄能力の無いアホ政党が政権を続けて行くのかと思うと憂鬱だ。

 田中角栄も疑惑を持たれてから、二ヵ月後に記者会見し「潔白宣言」を出したが、三ヶ月後に逮捕された。小沢もまた、同じ様に鼻息荒く検察との対決姿勢を見せてはいるが、宮内庁長官を罵倒した際の記者会見でもそうだったが、自分が不利だと見ると、認識不足を棚に上げて気色ばんで詭弁を弄する癖は治らない様だ。

 政治家としての器は田中角栄には及ばないが、政治家としての末路は同じだろう。つ~か、田中角栄に寵愛されたというが、小沢は角栄の足元にも及ばない。

cordial8317 at 06:22|Permalink

2010年01月20日

北朝鮮系企業の水谷建設

 小沢の疑惑に度々登場する水谷建設は、平成18(2006)年に発覚した福島県知事汚職事件で栄佐久知事の盟友である辻政雄と共に暗躍した北朝鮮系企業である。

 福島県内での公共工事も水谷建設は大手ゼネコンの下請け企業として、福島空港を始め、サッカー施設のJビレッジやダム工事など高額な公共工事を請負い、その見返りとして佐藤栄佐久知事の弟らに受注した金額の約5%を支払っていた。

 三重県の中堅建設会社が、身寄りも何もない東北各地でこれだけ巨額なの工事を請負えた背景には、北朝鮮出身の水谷元会長の思いが反映されている。

 元会長が逮捕され「政治家に金さえ渡せば何とでもなる。そういった意味では全国何処でも金儲け出来る」と豪語していたが、小沢への献金もこれと同じだろう。

 福島県汚職で逮捕された際に、小沢らへの証拠も差し押さえられおり、言い逃れられない為に正直に話しているのだろうが、水谷の証言を事実無根とする栄佐久知事らの主張は無理な話で、窮地に追いやられた水谷の供述は信用出来るものだ。

 Jビレッジの工事では、東京電力が寄付した約130億円で水谷建設が受注している。この時は名刺代わりに当時の山口組の秘書だった会津角定一家の親分に3億円、いわき市の住吉会丸唐一家の親分にも2億円渡したと公判時に供述している。

 水谷建設は知事の実弟を抱き込み、ブローカーの辻と逮捕されるまで公共事業を取りまくり、儲けた金はレインボーブルッジという北朝鮮シンパの胡散臭い団体を経由して、北朝鮮に送金していたと言うから怒りが込み上げて来る。

 因みに、辻は、大日本愛国党の相談役でもあった。党員が拉致問題に取り組んでいる中で北朝鮮系の企業と一緒に血税を騙し取っていたとは恥ずべきことだ。

 県内の右翼の重鎮である芦名昇盛議長が生前だった頃に、こうした辻の行為を諌める様に進言したことが有る。芦名議長は憮然としていたが、辻に利用されてただけで詳細は知らなかったのだろうか。「右翼人として万死に値しますよ」と苦言を呈した数ヵ月後、芦名議長は幽冥境を異にしたが、辻が逮捕される前で好かったかもな。

 福島県汚職で栄佐久らは「事実無根」として上告しているが、見苦しいばかりで、自分が喩え知らなくても、弟らのやった行為は県民への背信行為で不徳の致すところだ。欲の皮のツッパった小沢も、逮捕される前に潔く政界を引退しなさい。

cordial8317 at 14:08|Permalink

平沼赳夫は雑音など気にせず真正保守を目指せ!

 民主党の「仕分け作業」は茶番でしかない。民主党の功績が如く報じてるマスコミもマスコミ。アレだけ騒いで1兆125億円の財源を確保したというが、結局、小沢の鶴の一声で「仕切り直し」した予算も多く、結果は6千億程度とは恐れ入る。

 唯一「優良児童劇巡回等事業」が要求通りとなったが、理由は「子供達に夢や希望を与える事業は大切にすべき」と言うものだった。その一方で、小中学校の道徳教材「心のノート」の配布を止めるべきとして「3分の1から半額」の削除とされた。

 最終的には廃止し、道徳教育を止めさせる魂胆なのだが、どう見ても児童劇より道徳教育の普及が大事である。 戦後、日本は「道徳教育」を廃止し「忠孝」という言葉は死語になり、教育界からも社会からも危険な言葉とされてしまった。

 その結果が、現在の教育の荒廃と家族崩壊に繋がっている。「忠」とは愛国心、「孝」とは親孝行であり、国の教育の基本であり目的であるべきなのだ。

 教育勅語には、「我が臣民克く忠に克く孝に億兆心を一にして世々其の美を済せるは此れ我が国体の精華にして教育の淵源亦実に此に存す」と在る。人間にとっての最高の道徳である「忠孝」を教えることは教育にとって最も大切なことである。

 更に、民主党は教育関連に関し、教員免許更新制の廃止も示し、不良教師の一掃と教育の充実を目指し改正した教育基本法と関連3法を再改正を目論んでいる様だが、これを見ても文部行政が、日教組に支配され始まった証左であることが分かる。

 スパーコンピューター関連予算折衝の折に、「何故2番じゃダメなんですか?」との迷を残した蓮舫が、区民から大顰蹙を買ったことは記憶に新しいが、流石は北京大学に学んだだけのことはあるな。所詮はタレント上がりのバカタレ議員。

 日中友好議員連盟に加わり支那に媚びる蓮舫の態度は、台湾人のハーフというより、態度も中身も漢民族を感じさせ、不遜という外に喩えようがない。

 この仕分け作業の茶番を批判した平沼赳夫氏の言葉尻を捉え、「差別発言をした」となどキチガイ左翼どもが騒いでいる様だが、何のことはない民主党政権下で外国人参政権付与法案を始めとした売国法案を成立さたいが為のものだろう。

 今、平沼グループは、平沼の他に城内実、と小泉龍司の3人だけで政党としての要件を満たしていない。政党助成金など制限があり、国会内で活躍出来ない状況だが、「大義」を翳し、保守再興を目指せばこの状況から脱却出来るだろう。

 次期参院選で民主党が過半数を取れず、また自民党が惨敗すれば、その時こそ政界再編の波は大きくなり、真保守政党待望論が出てくるであろうことは必至。

 では、真正保守として何を成すべきなのか。それには姑息な奇策などするべきではなく、我が国の歴史と伝統、文化に基づいた日本らしい政策を堂々と掲げ、民主党が実行しようとする反日的な愚策に理路整然と対抗すれば良いだけである。

 安政の大獄で牢に繋がれた吉田松陰が、長州が一時的に幕府に恭順した時期でも草莽の民の崛起を信じて、やがてそれが明治維新に至った例に倣い、皇統を重んじ、国家観に溢れた志のある政治家が団結すれば国民も自ずと支持するだろう。

 平沼は左翼勢力ら外野の騒音など気にせず、堂々と正論を述べ、自民党や民主党にいながら埋没している保守政治家との真正保守再興を目指すべきである。

「正統の保守主義者に於いて時間を体験する仕方は、過去の意味を直視し、その中に価値を見出す発見によって未来を創造して行くものである」。実践せよ!

cordial8317 at 07:05|Permalink

2010年01月18日

亀井静香の発言を機に京都遷宮を考えてみる

 亀井静香が昨年末、陛下との会食の際に「権力の象徴である江戸城にお住まいになるのは相応しくないのではないか」と発言したという。実に不謹慎且つ不適切で、小沢同様、皇室の存在を軽々しく論じられることに不快感を覚える。

 天皇は日本国憲法上の制約から、国事行為として「国会の開会式」「首相や最高裁長官の親任式」「大臣の認証式」など年間を通して約60回お努めになられ、国賓・公賓への接遇や会見、会食などのご公務を約170回お努め遊ばされる。

 亀井の言う様に江戸城から遷都して京都にお住まいになられるとしても、こうした憲法上の国事行為やその制約をどの様に対処する積もりなのか。御所・離宮の造営はどうするのかという、そうした議論もせずに遷宮とは失礼極まる。

 天皇にとって大事なものは「祭事」であり、国事行為より優先されるべきものである。歴代天皇が古来より司って来た「祭事」は、現憲法によって天皇家の「私事」になってしまい、皇室典範の「大嘗祭」の規定は現憲法には存在しない。

 現憲法は歴史的な国家としての継続された「祭祀」に関する天皇の役割を否定しており、未だ占領政策の「神道指令」の呪縛が解除されずにいるのである。民主党政権は憲法を改正して、国事行為を無くするとでも言うのだろうか。

 天皇の祭事は、元旦早々の「四方拝」に始まり「歳旦祭」「元始祭」や毎月の旬祭など年に50回程に上る。国家国民の安寧を祈る存在こそが天皇なのである。

 静謐な環境の中で、政治的に利用されることのない中で、尊い存在として「祭祀」を執り行って頂く為には京都への遷宮も一つの選択肢であろうが、時期尚早。

 先ずは、国民が「天皇とは何か」という天皇日本の歴史の中で果たして来られた役割や、天皇の在り方を学ぶべきである。現在の天皇は、悲しい哉、現憲法に呪縛され、国事行為を行うだけの政府の都合の好い傀儡でしかないのだ。

 祭儀や国事行為など、陛下の激務の御苦労を理解していない故に、亀井の様な不敬な発言や陛下を政治利用しようとする輩は断じて容認出来ない。

cordial8317 at 08:43|Permalink

2010年01月17日

捕鯨問題を考える

 シーシェパードの反捕鯨の活動は白豪主義による人種差別で、オーストラリア人がスポーツハンティングと称してアボリジニを虐殺したのと同じ日本人否定の人種差別活動。こうした偽善の環境保護団体はテロリストと断定し駆逐するべきである。

 我が国の食料自給率は39%。この数値は危機的水準だと言うことは誰もが知るところ。この数値は食料安保の視点からも大変問題のある状況であり、食料自給率の改善に繋がる問題として「捕鯨問題」は重要な課題の一つなのである。

 我が国が調査捕鯨を継続している背景には、「鯨は将来の人類の重要なタンパク源になる」という考えもある。例えば小さなミンク鯨1頭で牛7頭分のタンパク質が採れるといい、鯨を家庭の食卓に戻すことが、食料自給率の改善に繋がる。

 地球上の鯨類が年間に捕食する魚類の総量は2億5千万トン~4億トンだという。一方、地球上の漁師の漁獲量は約1億トンしかない中で鯨被害は続いてる。

「鯨飲馬食」と言われるほどに食欲旺盛な鯨類が増え過ぎれば、人間が食料にしている水産資源も脅かされる事となろう。余計な鯨を駆逐するのは 当然だろう。

 捕鯨が始まったのは江戸時代の初期の1606年のこと。紀州の太地で開始された商業捕鯨はやがて全国に広まり、それと共に鯨を食する習慣も全国に広まった。

 松尾芭蕉の句に「水無月や 鯛はあれども 塩鯨」というものがあるが、塩付けされた鯨の肉は江戸庶民の大切なタンパク源であり、大衆食として愛された。

 19世紀初頭には「鯨肉調理方」という本が出版されているが、鯨食というのはそれだけ普及していたのである。正しく鯨食は日本文化そのものなのである。

 今も北海道や東北では正月に「鯨汁」を食しているし、「ハリハリ鍋」にしている地域もあるし、大阪のおでんにはコロ、サエズリ、オノミといった具がある。

 反捕鯨の連中は、鯨食を「ゲテモノ」扱いしたり、「戦中戦後の食糧難時代に止むを得ず広まったもの」という反論にしても、或いは、遠洋漁業は「鯨油を採る目的だである」などと愚にも付かない反論をしているのはもう嗤うしかない。

「鯨油を採る目的」とは欧米の捕鯨が皮だけ剥いで鯨油のみを採るやり方だから、それと勘違いしているものが多く、こうした考えも白人優位主義に因るものだ。

 日本では単に食するだけではなく、鯨の髭は文楽の人形に使い、骨は櫛などの工芸品となっている。漁師達は鯨塚を作り供養も行っていたし、捕鯨問題の背景には、こういった日本の伝統的鯨文化の問題も有り、反捕鯨は日本文化の否定である。

 多少波風が立とうが主張はするべきで、「協調」しようとか「友愛」だとか軟弱な姿勢は日本の将来を危うくする。捕鯨問題は日本にとって重要な問題なのである。

cordial8317 at 07:45|Permalink

2010年01月15日

横義横行(おうぎおうこう)の勧め

 昨日は新宿まで、物心両面で御支援頂いている大手警備会社「テイケイ」の高花豊会長に新年の挨拶に出掛けた。会長は毎回示唆に富んだ話をしてくれるが、何といっても圧倒的な存在感があり、パワーを頂けるのが有難い。

「人間の財産と言うものは、いざと言う時に自分を支えてくれる人で有ると同時に各自が目指す目標実現の為の知恵袋である」という言葉が有る。そんな人物に出会えたことに感謝している。この方に支援頂く様になったのは、その昔、横山武彦という右翼浪人と全国行脚の放浪の旅をしたのがきっかけだ。正しく人生とは邂逅に尽きる。

「横議横行」という言葉がある。辞書には「勝手に論ずる」とか「勝手気儘に歩く」という意味が書かれている。自由気儘に歩き回ることが禁止されていた幕藩体制下に於いて、横議横行を勧め「脱藩せよ」と叫んだのが吉田松陰だった。

 吉田松陰こそが「一君万民論」を唱え、近代国民国家を志向した魁であり、そこから「草莽屈起論」を導いた。 つまり、天皇=一君と国民という関係を構築する為に、封建制度を打破すべく「脱藩し、一草莽たれ」と訴えたのである。その結果、意志の高い下級武士等が脱藩し「志士」として維新を実現させたのだ。

 横議横行を実践した人物として最も有名なのは坂本竜馬だろう。時代の寵児として活躍した坂本龍馬を始めとした人物の共通の特徴は、発する「言葉」が違うことである。大衆の心を引き付けたりするのは「言葉」を以て他に無い。

 土佐の郷士の次男に生まれた坂本竜馬は正に「言葉の達人」だった。彼が幕閣とも勤王の志士とも通じ、後には薩長連合の仕掛け人として、明治維新を豪腕で引き寄せた立役者足り得たのは、説得の技術、つまりは言葉の豊かさによるものである。

 更にもう一つは、彼が「歩く人」であったことだろう。交通の不便だった時代に、実に驚く距離を行き来している。愚生も、放浪の旅や、家を飛び出し、多くの人と顔を突き合わせ横議横行することは実に大切なことだと思っている。

 唯、話をするにも先ずは一献これは更に大事なことだ。腹を割って忌憚無く喋れるには、酒は貴重な存在である。 坂本竜馬は、「酒は呑むべし 酒は呑むべし 人生唯酒ありて肝を開く 酔中の快楽人知るなし」との言葉を遺してるが激しく同意する。

 吉田松陰はこう教えている。「花柳詩酒に陥る如きは真の道に志す者の必ず暇あらざる所なり」。松陰先生というのは愚生にしてみればチョッと堅物過ぎるな(笑)

「数々の過失は酒と共にあり その酒抱きて今日も堕ちなん」とは、最後の浪人と言われた阿部勉の詩だが、愚生にはこの詩が一番合っている。正に夕刻の志士。呵呵。

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2010年01月14日

徒然なるまゝに

 座右の書ではないが、吉田兼好の「徒然草」が好きで時々出しては読み耽っている。 人の世は常に欲望の社会だが、吉田兼好はこう曰はす。

「名利に使われて、閑かなる暇もなく、一生を苦しむこそ、愚かなれ。財多ければ、身を守るにまどし。害を買い、累を招く媒なり。身の後には、金をして北斗をささふとも、人のためにぞわづらはさるべき。愚かなる人の目をよろこばしむる楽しみ、またあぢきなし。利に惑ふは、すぐれて愚かなる人なり」(三十八段)

 世俗的な名声とか地位とか財産とかに身も心も使われて、心静かにゆったりと生活を楽しむ余裕もなく、一生あくせくと暮らすなど実に愚かなことである。

 財産が多いとそれだけ身を守らねばならず面倒な煩いを招く元となる。例え死んだ後でも残された遺族たちは財産分与で揉めるだけ。そんな愚かな人々の為に自慢したところで、それもまたつまらないことだ。利欲に惑うことは最も愚かな人である。

「まことの人は、智もなく、徳もなく、功もなく、名もなし。誰か知り、誰か伝えん。これ徳をかくし、愚を守るにあらず。本より賢愚・得失の境にをらざればなり」

 要するに「まことの人」とは、世間に対して知恵や徳や功績を誇ることなどしないので、世間では誰が本物の人であるかは判らない。だから伝えることも出来ない。

 本当に立派な人というのはそういったことを隠し、元々損得とか名声などとは関係ない処にいて、ただただ己の精神の充足を求めているにすぎないというのである。

 下品な人、無遠慮な人、知ったかぶりをした自己顕示欲の強い人は教養のない人と説くのである。只管利欲を求め、長寿だけを願って何になるのか。そういう人は人生の何たるかを知らない。人生とは結果ではなく、生きる経緯が大事なのである。

 兼好の様に、安定した生活を捨て職を辞し、己の精神の自由を求めれば生活は困窮するどう。一方で、暮らしを楽にしようとすれば心が拘束される。 愚生もしがない右翼浪人ではあるが、せめて精神だけは兼好の様に自由でありたいと思う。

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2010年01月11日

防共挺身隊執行部からの除籍通知と平成の右翼

 運動方針の違いと組織の維持に対する違いから、大学時代から約30年に及び所属していた防共挺身隊を辞めたのは先日の日記で書いた通り。除籍通知が出され、それに何やら、次の様なこと書かれていたらしい・・・ 「右の者、民族活動家として上下の礼節を弁えず・・・理由は如何を問わず交友等は一切堅くお断りします」。

 除籍通知を出される謂れもないし、民族活動家として恥じることは一つもない。「防共挺身隊執行部」なんぞ聞いたことがない。まぁ某ヤクザの入れ知恵だろうな。

 頭山満翁がその昔、社内の暗闘の際「そんなケチ臭いことでは将来の志業に大害あり」と憂いたというが、流石は大物である。国士とは斯く在りたいものである。「世の人は我を何とも言わばいへ 我が成す事は我がのみぞ知る(坂本龍馬)」

 警察庁が把握している国内の右翼団体は現在約900団体(現在は恐らく3分の1程度か)に上るという。 御多分に漏れず、右翼の世界も「玉石混交」であるから、数ある団体の中には街宣車に日の丸を立てて、軍歌を流すだけの団体も在ったり、街宣車を強請り、集りの道具として使用してる自称右翼も少なくない。

 世間の嘲笑や侮蔑に耐えつつも皇室の弥栄を祈り、国の行く末を憂う「純正右翼」「本流右翼」は、一体どの位存在するのか。 右翼団体の草分けは玄洋社である。頭山満翁らは明治12年、向陽社を設立したが、前述した通り、社内の暗闘を知った頭山翁は向陽社を発展的に解消し、「玄洋社」に改め組織を再編した。

 玄洋社憲則
 第一条 皇室を敬載す可し
 第二条 本国を愛重す可し
 第三条 人民の権利を固守す可し

 昭和21年1月4日、GHQは所謂、超国家主義者団体の解散令を出した。荒原牧水の「大右翼史」に拠れば、終戦時の右翼は350団体、このうち追放、解散令を受けたのは210団体に及ぶという。この中には防共挺身隊初代総隊長・福田進の父である福田素顕翁の「皇道日報社(現、防共新聞社)」も一切の活動を禁じられた。

 この福田素顕翁は「愛国者は国民の模範的人物にして、指導者たれ」との言葉を残してこの世を去った。民族派、右翼を自称する者の中で、果たして何人が「国民の模範」として胸を張ることが出来ようか。新右翼のカリスマだった野村秋介大人は「他を批判する者、先ず自らに峻烈でなくてはならない」と訓える。

 我が胸に手を当て自省してみれば、忸怩たる思いに駆られるが「国民の模範」に成れないまでも、塵の中でもキラリと光彩を放てる右翼浪人に成りたいものだ。

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2010年01月08日

『ブログ開設記念』行動右翼から右翼浪人へ

 国士舘大学時代に右翼団体・防共挺身隊(以下防挺)に入隊した。防挺といえば、戦後、大日本愛国党と並び行動右翼として、右翼・民族派運動に大きな役割を担ってきた団体だ。詳細はウィキペディアを参照して頂けたら幸いです。

 政治に興味を抱いたのは中学時代だった。亡き親父が町会議員や衆議院議員(故・天野光晴)の秘書の様な事をやったいた影響と、担任と副担任の二人が日教組の組合員と共産党員だった事が大きく影響していると思う。親父が持ってくる「月刊自由民主」という雑誌を貪る様に読んで、辿り着いた正義感は「右翼思想」だった。

 高校は地元の二本松工業高校。当時は進学するなど考えもしていないし、土方の監督かテレビドラマの「前略おふくろ様」の影響で板前にでもなろうと思っていた。

 進学に傾いたのは、担任が自分だけには就職を世話しないし、シャレで受けた福島県警も不合格だったし、ならば成績は悪くは無かったので大学を「推薦」して貰って4年間遊びながら将来を考えれば良いかなんて思っていた。

 そんな矢先、国防青年隊隊員で国士舘大学の3年生だったH氏による大平総理テロ未遂事件が有り、その後、直ぐこの国士舘大学への推薦を願い出た。

 然し、即座に却下され「地元の日大工学部なら」ということになった。しかし、日頃父から「田舎で勉強するより、都会で昼寝しろ」と教わっていたので、地元の大学には行く気もなく、しつこく担任に国士舘大学の推薦をするよう迫ってた。

 暫くして先生も根負けしたのか「坊主にしたら」という条件で推薦してくれることになった。先生にしてみりゃ絶対坊主にはしないだろうという思惑があったのだろうが、翌日五厘に刈り上げ挨拶行ったら無言で書類を作成してくれたのを思い出す。

 合格し、先生方に報告に行ったら、言われたことは「五郎、右翼にだけは入るなよ!」。爾来30年、微力ではあるが愛国活動に邁進し「右翼の良識」と言われたりもしたが、力及ばず、昨年、永年共に行動してきた盟友と袂を分つた。

 その盟友だった對馬則政も昨年末に多臓器不全で幽明界を異にした。今後は、正統右翼浪人として「晴耕雨読」の生き方を全うしたいと思っている。

 昨今、新保守主義を掲げる学者や評論家の言動が持て囃されてはいるが、その「保守」に「尊皇」はない。彼等が「保守」したいのは、自民党や民主党の体制なのだ。反中共、反北朝鮮と耳障りの良いことを言ってるだけで、本音とも思えない。

 保守主義を否定する訳ではないが、尊皇無き保守では米国や英国の保守政党、保守主義と何等変りは無いのだ。そんな中で、右翼・民族派の存在価値は年々無くなってきている様に感じるが、それは右翼人自身に問題が有る様な気がしてならない。

 思想は乏しく、考えていることは「シノギ」ばかり。久しぶりに相対しても「どう、景気は」・・・だが、悲観はしていない。必ずや、この混迷、停滞から脱却し、天皇国日本を磐石の安きに導いてくれる「国士」は出現するだろうから。

 右翼・民族派諸氏は原点に戻り、研鑽を積み、テロを担保しつつ啓蒙活動をして貰いたいものだ。「自己犠牲に達しない思想は卑しい思想である」(三島由紀夫)

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