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2021年10月11日

台湾の10月10日は辛亥革命の武昌蜂起を記念した「双十節」

 10月10日は我が国では本来は「体育の日」。台湾(中華民国)では辛亥革命(1911)の武昌蜂起を記念して「双十節」と呼ぶ、国民最大の祝日となっている。

 中華人民共和国の「国慶節」を報じても、台湾の祝日が報道されることはない。SNSでは営業保守らが「10日は台湾の国慶節」とツイートしていたのを見たが、10日は建国した日ではなく「武昌起義(武昌蜂起)」が勃発した日である。

「中華民国(後の台湾)」建国のきっかけとなったのが「辛亥革命」である。1911年(宣統3年)から1912年(民国元年)にかけて、清(中国)で発生した共和革命のことだ。名称は、革命が勃発した1911年の干支である「辛亥」に因む。

 辛亥革命の狭義では、1911年10月10日夜に発生した武昌で起きた兵士の反乱(起義)から、1912年2月12日の宣統帝(溥儀)の退位までの期間を指す。広義では、清朝末期からの一連の革命運動から中華民国成立までの政治的運動を示す。

 衰退する清王朝を憂い、新しい国家を創ろうと立ち上がった孫文の参謀・黄興の活躍を描いたジャーキーチェン主演の「1911」は、辛亥革命を理解するには好い映画なので機会があれば視聴されてみては如何でしょう。映画の説明は次の通り。

【中華民国建国のきっかけとなった1911年の辛亥革命から百年。衰退する清王朝を憂い、新しい国を作るため立ち上がった孫文の参謀を務める黄興は、革命軍を率い総督府に攻めこむ。しかし、事前に情報を入手していた朝廷側に厳戒態勢を敷かれ、反乱は失敗に終わる。多くの命を失った黄興らは戦意を喪失していくが・・・】

 因みに、中華人民共和国の最大の祝日は1949年の建国を記念した10月1日「国慶節」。 思えば、日頃「中国4000年の歴史」などと恥しげもなくホザくが、たった70年ほどの歴史しかない新興国。国慶とは実に滑稽且つ御粗末なことだ(笑)

 1949年建国ということは昭和24年。大東亜戦争の終戦は1945(昭和20)年。つまり、戦後4年後も経った国が戦勝国というのも不思議なことだ。我が国が戦ったのは「中華人民共和国」ではない「中華民国」であり台湾ということになる。

 田中角栄の日中共同宣言に因り、「日華国交条約」という国際法規を蹂躙して以来、我が国は台湾を国家として認めていない。道義国家として恥じ入るばかり。

 我が国が占領統治から解放され主権回復した昭和28(1953)年4月28日、報恩感謝として中華民国と「日華国交条約」を締結した。道義国家としては当然であろう。

 然し、昭和47(1972)年9月29日、田中は中国共産党と「日中共同声明」に調印。「中国共産党を唯一の政府」と認め、日華国交条約を一方的に破棄するに至る。 

 当たり前のことだが、日華国交条約を破棄された中華民国は直ちに我が国との国交を断絶する。日華国交条約破棄は、終戦間際に「日ソ中立条約」を一方的に蹂躙したロシアの蛮行と同じであり、道義国家日本が失墜した象徴でもある。

 我が国が未だに台湾を国家として認めていないのは、田中の国際条約の蹂躙が原因である。日華国交条約という国際法規の破棄は明らかな憲法98条違反だが、公然の憲法蹂躙に対し何故か護憲派やマスコミから糾弾されたことはない。

 日中共同声明の場で田中は、「先の大戦で中国国民に重大な損害を与えたことに責任を痛感し深く反省する」と詭弁を弄した。我が国の土下座外交と自虐的歴史認識は、この日中共同声明での田中の謝罪が元凶であり、撤回しなければならない。

 台湾という島は、日清戦争で勝利した我が国が戦利品として清国から割譲された領土である。以前、中国共産党機関紙「人民日報」で「琉球は明清両朝の時期、中国の属国だった」とし、日本が武力で併合したと主張したことは記憶に新しい。

 尖閣諸島を日本領土に編入したことを批判し、「下関条約の調印の際に敗走した清政府に琉球を再び問題にする力はなく、台湾とその付属諸島(尖閣諸島など)、澎湖諸島、琉球は日本に奪い去られた」と我田引水的歴史観を披歴している。

 この主張に倣えば、台湾や尖閣諸島だけではなく、当時割譲された澎湖諸島も遼東半島も未だ我が国の主権は続いていると言うことと捉えても好いのかもな(笑)

 台湾には先住民族はいたが統治したのは我が国だけで国家として続いた歴史は無い。戦後に起きた蒋介石の国民党と毛沢東の共産党の間に勃発した「国共戦争」で敗走した国民党軍が台湾に渡り、新たに中華民国を建国し現在に至っている。

「国共内戦」の事実上の最終戦「金門島・古寧頭(こねいとう)の戦い」で、共産党軍を壊滅させる策を授けたのは、我が郷土の英雄でもある根本博元中将である。

 当時の逸話を綴った「この命・義に捧ぐ」の著者・門田隆将は、「根本元中将の根底にあるのはヒューマニズム。戊辰戦争で敗れ賊軍となった福島出身であることが影響しているのだろう。毅然とした生き方に学ぶべきだ」と評している。

 正に根本は、会津士魂の教えである「譬え義に死するとも不義を以て生きず」の生き方を自ら実践した武将だった。日台関係強化に義を捧ぐ政治家の出現を待望する。アジア近隣情勢が緊迫する中、過去の無礼を詫び、日台軍事同盟を構築すべし。

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