「進め社」や「日本労農党」代表・福田狂二の「狂」とは陽明学の「狂」我が国には「A級戦犯」「B・C級戦犯」「戦争犯罪人」はいない

2020年12月22日

その昔は「冬至」からが一年の始まりだった

 昨日は二十四節季の一つである「冬至」。その昔は、冬至からが一年の始まりとされた。古代、冬至は一年の始まりであり、運が巡って来るとされるとされる「一陽来復(いちようらいふく)」とも呼ばれて、実にめでたい日でもあった。

 因みに「めでたい」とは、「愛(めづ)」「甚(いたし)」の「めでいたし(褒め称える程度が甚だしい)」の転で、「目出度い」や「芽出度い」は単なる当て字です。冬至に月を見上げ祈ると金運もアップするらしい(笑)

 冬至の中でも十九年に一度、冬至と新月が重なるのが「朔旦(さくたん)冬至」。「朔」とは「新月(三日月)」のこと。月初めを「朔日(ついたち)」という様に「始まり」という意味で、「旦」には太陽が昇るという意味がある。

「元旦」というのも「一年の初めの日の出」という意味合いがある。冬至に「柚子湯に入ると風邪をひかない」と言われるが、本来は柚子湯に浸かり、その香りと薬効で身を清める「禊(みそぎ)」を意味したからだ。

 冬至に「かぼちゃ」を食べるのは、「ん」の付く食べ物を食べで「運」を呼び込むという縁起担ぎ。かぼちゃに「ん」が付かないというひねくれ者がいるが、かぼちゃを漢字にすると「南瓜(なんきん)」と「ん」が二つも付く。

 この「ん」の付く食べ物は沢山ある。にんじん、だいこん、れんこん、ぎんなん、きんかん、インゲン・・・。ラーメン、タンメン、うどん、天丼、天津丼、アンパン、あんまんなどなど色々と考えるのも楽しいかも(笑)

 落語などでもそうだが、昔の江戸っ子は「牛蒡(ごぼう)」のことを「ごんぼう」と呼んだ。こうした言葉も「ん」を付けて縁起の良い食べ物としたからだ。福島県内でも牛蒡を「ごんぼ」というが、単に訛っただけではないと思う。

 最近は江戸弁なんて殆ど聞かなくなった。都会で使われてるのは標準語。標準語というのは、明治維新後に士族らの蝦夷開拓事業もあって創られた言葉だ。

 愚生の周りに都会っ子ぶってる連中というのは、自分達が使ってる言葉は矯正させられた「標準語」であり、「均一化」された言葉という自覚も無い。標準語が使われ出したと並行して個性の無い同一化された日本人が多くなったのは気の所為か。

「いなかっぺ大将」の影響からか、いなかっぺは「田舎の人」の様に思われてしまっているが、本来は「井の中の蛙大海を知らず」の意味だ。井戸の中からは塀が高くて外は見えないから、江戸っ子らが世間知らずの人を揶揄した言葉だった。

 因みに、田舎や山里で育った人は「田舎っぺ」ではなく、「山家(やまが)育ち」という。尤も、こうした言葉は古典落語や時代劇でしか聞かない(笑)

 古き良き時代には、正月を迎える準備を始める「正月事始め」というものがあった。嘗ては、旧暦の12月13日に行われた。現在は新暦12月13日に行われるが、こうした風習を守ってるのは山口組や芸妓の世界くらいではなかろうか。

 ということで、昨日の朝飯は天津丼を食べ、昼は鴨つけめん。晩酌のつまみに「ん」の付く料理は無かったが、それでも日本酒は「純米大吟醸」、焼酎は「れんと」、ウイスキーの「タンサン」割りを飲んだか別に好いか(笑)

 晩酌のつまみに「イカにんじん」か「みそかんぷら」でも作れば好かったな。因みに「かんぷら」とは、福島県の方言で「ジャガイモ」のことです。呵呵。

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cordial8317 at 05:26│Comments(0)

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