義勇公ニ奉シ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スへシ!何事も両目をカッと見開いて物事の真意を吟味しよう

2020年12月03日

若者よ、あがいて、あがき続けなさい。必ず道は拓ける!

【馬賊の歌】を知ったのは国士舘大学に入ってからだった。防共挺身隊のテーマソングは「出征兵士を送る歌」だが、この歌もよく宣伝車で流したりしていたので耳にこびり付いている。拓大の応援歌でもあるが、実に大陸浪人の浪漫を感じさせる。

【馬賊の歌】

 俺も行くから君も行け 狭い日本にゃ住み飽いた
 海の彼方にゃ支那がある 支那にゃ四億の民が待つ

 俺には父も母もなく 生まれ故郷にゃ家もなし
 慣れに慣れたる山あれど 別れを惜しむ者もなし

 嗚呼いたわしの恋人や 幼き頃の友人よ
 いずこに住めるや今はただ 夢路に姿辿るのみ

 昨日は東今日は西 流れ流れし浮草の 
 果てしなき野に唯独り 月を仰いだ草枕

 国を出るときゃ玉の肌 今じゃ槍傷刀傷
 これぞ誠の男児じゃと 微笑む顔に針の髭

 長白山の朝風に 剣をかざして附し見れば
 北満州の大平野 俺の住処にゃまだ狭い

 御国を出てから十余年 今じゃ満州の大馬賊
 亜細亜高嶺の間から 繰り出す手下五千人

 今日の吉林の城外に 木だまに響く嘶きも
 駒の蹄を忍ばせて 明日は襲わん奉天府

 長髪清くなびかせば 風は荒野に砂を捲き
 パット閃く電光に 今日得し獲物幾万ぞ

 繰り出す槍の穂先より 竜が血を吐く黒竜江
 月は雲間を抜出でて ゴビの砂漠を照らすなり(以上)

 時代が時代なら、愚生も馬賊となって大陸で大暴れしてみたかったとも思ったりもする。日本でも戦国時代には裸馬に跨った野武士や夜盗、素浪人がいた。

 そうした裸馬から立身出世した人物も少なくない。戦国武将の北条早雲も裸馬から出世した一人で、若い頃には「新九郎」と呼ばれて伊勢地方で育った。四十近くまで裸馬の生活をしながら一国一城の主を夢見ていた変わり者だった。

 裸馬というのは乗り熟すのは難しいという。鞍を付けると馬は大人しくなるが、人間もこれと同じで持ってるものがあると大人しくなる。荷鞍が多ければ多いほど、それを落してしまうのではないかと心配し行動が鈍くなるからだ。

「失敗したらどうしよう」「怒られるのではないか」とあれやこれやと余計なことを心配し、裸馬時代の様な若々しい覇気が失せ、こじんまりとしてしまう。

 よくよく考えてみれば、若い頃の荷鞍なんぞ高が知れてるものだ。そういう小さなものに執着し、拘っていては大成なんぞ出来はしない。裸馬の若い時代には失敗して好いのだ。否、若い時代こそ失敗から学ばなければならない。

 裸馬も乗り熟せていないのに荷鞍を付けて、それを護ろうとするから無難に生き様とするのだ。裸馬の時代というのは正に武者修行と捉えるべきなのだ。

 失敗し、ヤケドを負い、その失敗や享けた恥から学ぶことで人としての器が大きくなって行く。場数を踏むとはバカ(失敗)の数でもある。

 戦国時代の英雄と呼ばれる人の多くが、若い時分には野武士の如く戦場を駆け巡って、失敗しながらあの地位に上り詰めたのだ。若者よ、君は今、裸馬の時代ではないか。何を守りに入っているのだ。少しばかりの荷鞍なんぞを気にするな。

 上の者や周りの目ばかりを気にすること勿れ。天下の素浪人になったつもりで暴れてみるのが好い。あがいて、あがき続けなさい。必ず道は拓ける!

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cordial8317 at 06:58│Comments(0)

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