昭和19(1944)年10月20日、「神風特別攻撃隊」が編成される。迷故三界城 悟故十方空 本来無東西 何処有南北(無着道忠禅師)

2020年10月21日

facebookの検閲が止まらない。同じ記事で再々々のアカウント停止処分ってどうなのよ?

 昨日、facebookから「規約違反の通報を受け審査したところ記事の内容は『差別』に該当しますので本日より30日間の利用停止となります」との通告を受けた。コミュニティ規定違反だという当該記事は以前も30日間停止になった内容。

 同じ記事で、然も「公開」されていない記事でアカウント停止処分になるというのは納得いかない。「差別」とは付けたりに過ぎない理由で、やってることは思想差別であり、言論の自由は特定(左翼)の勢力だけに赦されるものらしい(苦笑)

 今回、再々々のアカウント停止になった原因は前回同様、山口敬之と伊藤詩織の「ゲロを吐きまくった女とやっちまった山口敬之が悪い(笑)」との記事の様だ。どう読んでも、この文章のどこが差別や不適切な表現なのかさっぱり分からない。

「ホテルに連れて行くなら、自分の部屋に連れ込むのではなく別な部屋を取ってやるべきだったわな。目が覚めた伊藤は、昨夜の自分の醜態に恥じ入ったのは想像するに難い。そんな申し訳なさからセックスに及んだのだろう」

「ホテルのトイレでゲロをそこいらじゅうに撒き散らし、それを健気に掃除する山口。愚生も経験はあるが、よく貰いゲロをしなかったものだ。まぁ、山口の下心なのか、優しさなのか。愚生ならそのまま放置プレイ必至(笑)」

 こうした愚生の経験から基く表現を不適切だということが不適切ではないか。まぁこうした措置でも経験の一つとして受け容れたら、またしても山口敬之と伊藤詩織の記事で3日間だった停止期間が更に延長されていた(笑)

「『据え膳食わぬは男の恥』とばかりにやっちゃった、たった一発の中田氏で330万円の賠償命令。外国人記者クラブで会見に応じ、裁判への不満と自分の正当性を訴えた。驚くのはその場に伊藤詩織が参加していたことだ」

「伊藤ってのはレイプされてその怖さからPTSD(心的外傷後ストレス障害)になったんじゃなかったっけ。そんな精神的に滅入ってる女が乱入してくるというのも何だかなぁ。PTSDの患者が、加害者と同じ空気を吸っている不思議(笑)」

 過去には、橋下徹関連の記事で「穢多・非人」のことを書いたら、何処の何方かに「差別的表現」として通報されたことがある。「穢多(えた)」や「非人(ひにん)」というのは広辞苑にも出ている様に別に歴史的な事実だ。

「穢多(えた)」「非人(ひにん)」とは、江戸時代の幕藩体制で「士農工商」の更に下の最下位層に位置付けられた人々で、明治以降は「新平民」と呼ばれている所謂「同和」や「部落解放同盟」などの「自称・差別されてる」連中のこと。

 江戸時代、同心を手伝った岡っ引きや十手持ち、罪人の世話や処刑、牛馬処理などを担ったという。明治以降には屠殺に関わり、精肉店や革製品製造などに従事してる人に多いと言われ、芸人も非人の起源と言われている。

「差別はいけない」と批判するが、そうした存在を黙(もだ)し、現代の幼稚な価値観を優先する余り、歴史から消してしまうことが好いことだとは思わない。

 我が国の歴史にそういう負の時代が存在していたのであれば、その成否はどうあれその事実を教えなければ「差別」の意味さえも理解することは出来ない。

 前回は鳥越俊太郎関連の4年前に書いた外国人参政権付与問題の記事で「差別」と警告を受けている。参政権問題は、在日朝鮮人が大半を占める「特別永住者」だけではなく、一般の永住者も選挙権の対象とされているということを書いた。

 参政権付与となれば在日朝鮮人のみならず、支那人永住者にも付与されることとなるのだが、外国人参政権付与問題ではこの点は殆ど議論されてはいない。

 外国人参政権付与問題は、支那人の移民問題にも繋がるもので非常に深刻な問題を孕んでいるのだが、単に「強制連行された」だとか「差別を受けてる」という在日朝鮮人の問題にして、この問題点については語ろうとしないという内容。

 この「朝鮮人」や「支那人」というのが「差別」だという。韓国人は朝鮮人じゃ無いということか?支那人にしても漢民族なら好いと言うことか?

「シナ(支那)は差別用語だから使用するのはダメだ」という。「支那(China)」とは、最初の統一王朝「秦」に由来している名称で、新井白石が「支那」と翻訳したのが始まりだという。岡倉天心の説では「新」に由来しているという。

 シナがダメならば「インドシナ半島」や「東シナ海」も使ってはダメな言葉だわな。「支那そば」も差別の食べ物か。ラーメンというより美味しそうだが(笑)

 中華人民共和国(中共)は日清戦争での敗戦もあって、日本にだけは自分達を世界の真ん中にある「中国」と呼ばせることで「北京が世界の中心だ」ということを暗に認めさせて、朝貢国に仕立て上げ外務省がそれに屈したというのが真相だ。

「中国」という言葉の一番古い意味は「首都」という意味で、「国民国家」を意味するものではない。日本でいう「中国」とは鳥取・岡山・島根・広島・山口県の中国地方のことで、別に「世界の中心」という意味でもない。

 尊皇愛国の書として有名な山鹿素行の「中朝事実」では、世の学者の外国(主として漢土)崇拝を批判し、皇統の一貫を根拠に「日本こそ万国に卓越した中華・中国と呼ぶに相応しい国である」との日本主義を主張している。

 英語圏では中共を「チャイナ」。フランスは「シーヌ」。イタリアは「チーナ」。ペルシャでは「チーン」。インドでは「シナスタレ」などと呼ぶ。ロシア語では「キタイ」。支那大陸の北部を支配しただけの契丹のことだ。

 大統一帝国の秦どころか、契丹と呼称とするロシアに「差別だ」との抗議の声が上がったことがない。要は、「中国」との呼称の強要は日本への逆差別である。

 愚生は常々「中国」と呼ぶのは国際的にも間違いで「支那」と呼ぶことが正しいと考えていたが、考えてみれば「支那」とは二千年の歴史のある言葉でもある。

 易姓革命で政権や王朝が代わっても、その基底にある自然・民族・文化を意味する名称として使われてきた国名であり、共産党一党独裁の近代国家如きを浪漫溢れる「支那」と呼ぶのは分不相応だと感じている。「チャイナ」で好いか。呵呵。

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 画像は、愚生的県内ラーメンナンバーワンの福島市の「支那そば佐川」の支那そば&半ライス&糠漬け。食べたいが、閉店してしまったのは残念至極(泣)

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cordial8317 at 06:35│Comments(0)

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昭和19(1944)年10月20日、「神風特別攻撃隊」が編成される。迷故三界城 悟故十方空 本来無東西 何処有南北(無着道忠禅師)