日本学術会議も日教組もGHQ指導の下で設立されているという事実昭和19(1944)年10月20日、「神風特別攻撃隊」が編成される。

2020年10月17日

我が国は神の末なり 神まつる 昔の手振り忘るなよゆめ(明治天皇御製)

 本日は「神嘗祭(かんなめさい)」。誠におめでとうございます。先日、支援者から頂いた新米を神棚に供し、畏くも陛下の弥栄を祈念する。

 神嘗祭は五穀豊穣の感謝祭であり、宮中及び伊勢神宮(神宮)では祭祀が行われる。旧暦の9月17日に行われて来たが、明治以降は10月17日に行われている。

 本日は、天皇陛下がその年の新穀を皇祖の天照大御神を祀る伊勢の皇大神宮に奉られ神恩に感謝される、宮中祭祀の中でも重要な大祭である。

 その新穀を天神地祇に供え陛下御自身も召し上がる日が新嘗祭(にいなめさい)であり、神の加護による農作物を始めとした天の恵に感謝する日であるが、何故か「勤労感謝の日」として、日本人にとって重要な祭日の趣旨が失われている。

 最近は、新嘗祭に関係なく誰もが真っ先に口にすることが出来る様になってはいるが、本来は陛下が新穀(初穂)を召し上がられてから頂くのが習わし。

 稲作の起源は、天照大神が瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)が葦原の中つ国(日本の国土)への天孫降臨に際して稲を授けて発した「斎庭(ゆにわ)の稲穂の神勅」であり、稲づくりは天つ神の命令であり、委任を受けた業である。

「収穫は神のものである」ということから先ず新穀を神々に献じ、神勅の精神に則った祭祀である。神宮では神嘗祭が最も重要な祭祀とされ、神嘗祭に御装束・祭器具を一新する。神嘗祭が「神宮の正月」とも言われる所以でもある。

 20年毎に社殿を新しく造営し祭神を遷座する式年遷宮は、大規模な神嘗祭とも言われる。神宮では、式年遷宮後最初の神嘗祭を「大神嘗祭」とも呼ばれる。

 伊勢の民衆は、この祭りを「おおまつり」と呼び、奉祝の行事を行う。神宮の神職や伊勢の神領民はこの祭りが終わるまで新穀を口にしないとされる。

 マスコミ報道やSNSでは何故かヨーロッパを発祥とするハロウィンは話題になるが、我が国の収穫祭である神嘗祭のことは殆ど報じられることはない。

「年中祭日祝日ノ休暇日ヲ定ム」および「休日ニ関スル件」により、明治7年(1874)から昭和22年(1947)まで祝祭日だったがGHQに拠り平日とされた。

 新嘗祭は名称を意味不明な「勤労感謝の日」として現在まで祝日として継続しているが、神嘗祭は戦後は平日の儘だ。10月17日の「神嘗祭」を祝日として復活させることは、我が国の国體の精華を取り戻すことでもある。

 GHQが、我が国の歴史や伝統、文化の否定から始まった「祝日法」を再改正し、春分の日を「春季皇霊祭」、秋分の日を「秋季皇霊祭」とし、同時に建国記念の日を「紀元節」、勤労感謝の日を「新嘗祭」と本来の名称に戻さねばならない。

※コメントは会員のみにさせて頂いておりますが、コメント入力希望の方はパスワードを教えますのでmr.cordial@live.jpへ御気軽にメールを寄せられたい。

〈会費&御支援〉みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ

cordial8317 at 08:01│Comments(0)

コメントする

このブログにコメントするにはログインが必要です。

日本学術会議も日教組もGHQ指導の下で設立されているという事実昭和19(1944)年10月20日、「神風特別攻撃隊」が編成される。