台湾の新国家建設に貢献した李登輝元総統が幽冥境を異に人生とは長く生きた年月ではなく如何に生きたかという中身が大事

2020年08月01日

今や8月15日の靖國神社参拝が保守派の踏み絵になっているが

 葉月朔日ということで身を清め、神饌を替え、陛下の弥栄と心願成就を懸ける。今月は個人的には還暦を迎える。実に感慨深くもあり、羞かしくもある。

 今月は所謂「終戦記念日」がある。今年もまた右翼団体や営業保守、ネット右翼らが靖國に参集しパフォーマンスを繰り広げると思うと鬱陶しくもある。

 8月15日は終戦記念日ではない。8月15日は「戦没者を追悼し平和を祈念する日」であり、戦没者は何も靖國神社に祀られている英霊だけではない。保守派や右翼団体らが靖國神社に拘れば拘るほど靖國神社が国民から遠退いていく。

 8月15日は「終戦記念日」ではなく、平和を祈念する「平和祈念日」と称するべきだろう。「記念」とは「思い出」という意味であり、平和を「祈念」するなら未だしも、何故に戦争終結を記念しなきゃならないのか。

 国民の殆どが疑いもなく「終戦記念日」という呼称を使い続けてるが、これ正にGHQに因る洗脳であり、戦後民主主義教育の象徴でもあり、要は「(米軍のお陰で)戦争が終わってめでたしめでたし」ということなのだろう(苦笑)

 ポツダム宣言による降伏文書に調印した日は昭和20年9月2日。連合国はその翌日3日を「対日戦勝記念日」としている。15日は「玉音放送」が流された日というだけで、我が国の「終戦の日」は主権が回復した昭和27年4月28日である。

 保守派の論客である小堀佳一郎が「終戦の詔勅奉戴日こそが御親拝に最も相応しい日である」との持論を垂れ流し、それを営業保守派が追随する。戦没者は別に靖國の英霊だけではないのに、正しく靖國を利用した売文である。

 小堀のいう「終戦の詔勅奉戴日」とは8月15日であり、あろうことかこの日を「終戦記念日」と称する御粗末さ。「大東亜戦争終結に関する詔勅」の渙発は二日前の13日。公布したのが翌14日。15日は「玉音放送」が流されたが終戦ではない。

「大東亜戦争終結ニ関スル詔勅」に由り、形的に戦争状態を停止したということに過ぎない。だが、「日ソ不可侵中立条約」を一方的に破棄した旧ソ連は満州や南樺太に侵略を開始した。ソ連軍との戦闘は8月15日以降も続けられいている。

 樺太真岡郵便局の女子局員9名が青酸カリを服用し壮絶な最後を遂げたのはソ連軍が侵攻して来た8月20日だ。こうした事実をしても、8月15日を「終戦記念日」とか「終戦の詔勅奉戴日」として靖國神社に詣でる意味が分からない。

 今では8月15日に靖國神社に参拝するのが保守派や右翼の踏み絵になってるが、この8月15日に初めて参拝したのは三木武夫で、公式参拝したのは中曽根康弘。

 中曽根以降、公式参拝をした総理大臣はいないが、その公式参拝は中共からの抗議で直ぐに撤回して謝罪した。8月15日を自民党総裁選で利用したのが小泉純一郎であり、安倍晋三も靖國を利用した一人。こう見ると国賊ばかり。

 三木総理以前の総理大臣は春秋の例大祭に詣でるのが恒例だったが、中曽根の公式参拝で靖國が政治問題化して以来参拝出来なくなってしまった。つまり、8月15日の靖國神社への参拝は、三木・中曽根から続く靖國神社冒涜運動の継承である。

 8月15日は遺族の方々が心静かに詣でられる静謐な環境を整えるのが先決であり、あの左右入り乱れての喧騒は頂けない。営業保守派らが「8月15日こそが御親拝に最も相応しい日である」と言うのなら、この日は静かにしてたら如何か(苦笑)

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cordial8317 at 07:16│Comments(0)

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