浅沼稲次郎を刺殺した山口二矢烈士の狂気と正気「支那(シナ)は差別用語だから使用するのはダメ」というが

2020年02月23日

奉祝・天長節 万歳 万歳 万々歳!

 本日は天長節(天皇誕生日)、誠におめでとうございます。皇国臣民の一人として謹んで陛下の弥栄と長久を御祈念申し上げ奉ります。

 我が国は「神の国」であり、神武肇国の古より、歴史の中から数々の伝統及び制度が生み出されてきた国家である。そんな中で、永遠に無くなってはならぬものが天皇を戴く国家の在り方であることは言うを俟たない。

 2680年の永きに亙り、我が国は万世一系の天皇を戴き、常に国民や世界の平和を祈り続けておられる天皇を、善き至高の存在として暮らして来た。

 天皇を族長と仰ぐ君民一体の家族国家が日本国であり、「天皇即日本」「日本即天皇」の天皇国家こそが我が国の国柄であり、皇統の歴史こそが象徴である。

 天皇の御代が栄えることは、即国民の代が栄えることでもあり、この国體の精華は万邦類を見ないところである。正に、世界に冠絶した「君が代」の世界が厳然と存在する国こそが、我が国祖国日本であるのだ。

 陛下は天皇誕生日を前に記者会見に応じた。豪雨に見舞われた被災地への思いや、60年の歩みでの思い出として、東京オリンピックで銅メダルを獲得した円谷幸吉選手のゴールシーンを挙げた。同県人として実に嬉しいことだ。

 一方で、憲法下での象徴天皇としての御立場を強調されているが、こうしたことは宮内庁や記者らによる護憲への誘導尋問でもある。「公務の重み」を語ることで益々現憲法が絶対化し、その呪縛から逃れることは出来なくなるだろう。

 天皇とは祈る存在であり、祭祀が軽減、簡素化される中で国事行為や公務が最優先されるのは、祭主としての天皇の存在を軽んじている証左である。国事行為や公務なんぞ、それこそ女性皇族が補佐すれば好い。祭祀を重んじよ。

 抑々、天皇というのは憲法以前の存在であり、憲法が在って存在せられるものではない。明治憲法第一条の「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」こそが歴史的事実であり、本来在るべき天皇の姿を明示されたものと勤解する。

 陛下や皇太子殿下の御言葉はその影響するところは大であり、正に「綸言汗の如し」。飛び出した汗は体内に戻らないと同じく、御言葉の影響は大きい。

 政治家の様に口先で誤魔化すことは、その御地位、御立場と崇高な御人格がそれを許さない。ところが、質問する記者団といえば海千山千の強か者ばかり。恰も皇室を理解している様に取り繕ってはいるが多くは皇室に批判的な輩である。

 少なくとも尊皇絶対の大義を弁えている記者はいない。ノスタルジアな左翼思想に被れ、反天皇、皇統断絶に与する記者らは、陛下との一問一答形式によって、御言葉を引き出し、言葉尻を捉えて政治問題し、世論誘導を企てる。

 開かれた皇室論に基く陛下や皇族への定例会見は一切拒絶するのが妥当であり、宮内庁は別な形での国民への御発露の方法を考えるべきだと思う。

 日本という奇跡の国に生を享けながら、反天皇の不遜不敬、不届至極の不逞の輩がいるのは、戦後の日本人の精神的幼稚さの現れでもある。

「天皇制打倒」を目指す日本共産党や立憲民主党ら左翼陣営が「女性天皇」や「女性宮家」の創設や「女系天皇」容認に狂奔していることこそ何かを況や。皇統破壊の一里塚であった天皇退位法案を強行した安倍政権もまた然り。

 これらの奸賊を排し、迫る来る祖国の危機に対処し、天皇国日本を盤石の安きに置く使命を有するのは民族派陣営である。正にその存在の意義を示す神機は近付きつつあると確信する。諸君、一旦緩急に備え遺憾無きを期そうではないか。

 すめらぎいやさか、すめらみこといやさか。すめらみくにいやさか。

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cordial8317 at 08:16│Comments(0)

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