自衛隊の中東派遣に「万が一の事があったらどうするのか?」と批判する枝野幸男悪名高い枯葉剤「エージェント・オレンジ」を開発したモンサント社

2020年02月05日

「ヤルタ協定」は国際法的にも意味を成さない協定である

 第二次世界大戦中の1945年(昭和20年)2月4日から11日にかけて、米国のルーズベルト大統領、ソ連最高指導者のスターリン、英国のチャーチル首相らがクリミア諸島のヤルタに集い密談が行われた。所謂「ヤルタ会談」である。

 この会談で、ルーズベルトは「南樺太のソ連に返還」と「千島列島のソ連への引き渡し」を条件に日ソ中立条約の破棄を進言し、対日参戦を促した。

 ソ連は、この密約に従ってドイツが無条件降伏した約三ヵ月後の昭和20年8月9日、日ソ不可侵条約を一方的に破棄し参戦する。ソ満国境を越えたソ連軍は鬼畜の如き蛮行を繰り返し、南樺太並びに全千島列島を強奪するに至った。

 ロシアは、北方領土の主権の正当性を「ヤルタ密約(ヤルタ協定のうち極東密約)」を論拠としているが、英国政府は、ヤルタ会談翌年の1946年2月にヤルタ密約の有効性について疑義を呈していたことが明らかになっている。

 英国立公文書館所蔵の英外交電報に因ると、「露の四島占拠根拠なし」として、米英ソがヤルタ密約を公表する2日前に、英外務省から全世界の在外英公館54ヶ所に対し、緊急且つ極秘の内容として電報が送付されている。

「ルーズベルト大統領が権限を越えて署名したことや、米上院の批准もない状況下での有効性について米国内で論議が起こるかもしれない」として、「(英国は)その議論に巻き込まれないよう注意すべきだ」との警告をしている。

 密談が行われる約4年前の1941年8月、チャーチル首相はルーズベルト大統領と共に領土不拡大の原則を謳う「大西洋憲章」に署名しており、「ヤルタ密約はこの大西洋憲章に反する」との英政府の認識が示された形である。

 1953年に就任した共和党のアイゼンハワー大統領が、年頭教書演説で「あらゆる秘密協定を破棄する」と宣言し、1956年には「ヤルタ協定はルーズベルト個人の文書であり、米政府の公式文書でなく無効である」との声明を発表している。

 ヤルタ協定に参加した米英が、ロシアの北方領土の主権に疑義を呈している中で、何故に当事国の我が国がロシアの主張を認め、北方領土や南樺太での鬼畜の如き蛮行を赦すかの如く、二島先行返還に拘るのか理解に苦しむ。

 ロシアは第二次大戦の勝利と「ヤルタ秘密協定」を楯に北方領土の主権の正当性を主張しているが、ヤルタ秘密協定こそが国際法的にも意味を成さない協定であり、更にはサンフランシスコ平和条約の千島関連の条項も無効である。

 ロシアの主張は、第二次世界大戦中の1943年に定められた「カイロ宣言」に明記されている「領土不拡大」の大原則を蹂躙するもので、スターリンの主張を踏襲しているらしいが、このカイロ宣言にはスターリン自身が署名している。

 米英が「ソ連の北方領土の占有に法的根拠がない」との立場を鮮明にしていることや、ロシア側は明らかな「カイロ宣言違反」と主張すべきではないか。

 対ロ外交では、ヤルタ会談の不当性とロシア側の主張の矛盾を糾した上で、我が国の領土主権の正当性を内外にアピールすることが大事であるが、我が国は摩訶不思議なことに二島先行返還に固執し、ロシアに譲歩するばかり。

 己の土地を他人に奪われて黙っている者はいないだろう。況してや、父祖伝来の国土が強奪されて泣き寝入りする民族が何処にあろうか。

 戦後に放棄させられた領土を取り戻すことは正に日本民族の悲願であるが、失地領土の恢復が未だ解決の糸口すら見えて来ないのは一体何故なのか。

 思うに、北方領土や竹島など領土の重要性に対する認識不足と、如何に敵国に不法に占拠されたかの真相把握が欠如していること、更には、ロシアや韓国への認識の甘さと対応の甘さ等が綯い交ぜとなった結果が未解決の根源であろう。

 つまり、敗戦コンプレックスでもある弱腰軟弱土下座外交と事勿れ主義こそが、未だに領土問題が解決しない元凶であるのは言うまでもない。世界の常識通り、奪われた領土は奪うことでしか解決出来ないという覚悟を持つべし。

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cordial8317 at 05:14│Comments(0)

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