「観光立国」というマヌケな国策が新型コロナウイルス対策の徒になる自衛隊の中東派遣に「万が一の事があったらどうするのか?」と批判する枝野幸男

2020年02月03日

「国士舘大学新聞」三笠宮彬子女王殿下による特別講義の記事に思う

 国士舘大学新聞が届いた。一面の理事長と学長の記事は相変わらずパッとしない。秘書か誰かに書かせているだろう、読んでる方に響かない。一方で、同窓生ら、特にオリンピックを目指す体育学部の活躍は実に素晴らしいものがある。

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 国士舘大学大学院人文学科客員教授である三笠宮彬子女王殿下の特別講義の記事は括目する内容だった。我が国の祝日の約半分が「神道の祭日である」として、先人の智慧でもある「二十四節季」を分かり易く解説している。

 二十四節季が我が国の稲作文化と深い繋がりがあり、「二十四節季の暦に沿ってきちんと稲作を進めると、11月23日頃に収穫できる」と語っている。正しく二十四節季とは「新嘗祭への道程」でもあるのだ。

 11月23日は今では「勤労感謝の日」となってしまったが、11月23日に斎行される宮中の重要祭祀である「新嘗祭」こそ、我が国の国柄を知る祭祀なのだ。

「勤労感謝」というと、労働していることに感謝する「労働者の日」かと思ってしまうが、本来は「人々の勤労によって生み出される万物の生産を祝う」こと。つまり、農作物を始めとした恵(実り)に感謝する日である。

「人々の勤労によって生み出される万物の生産を祝う」ならば、国策としての農業振興と食の安全保障や食料自給率向上は急務であるが、政府の実行した減反政策一つ見ても経済理論が優先され真剣に「農」を考える言葉は発せられない。

「農業」とは愛郷心に繋がるもので、別に功しい愛国心を教えなくても「農」を理解することで祖国愛を育む。世界の国々では「農業」の保護政策が行われているのは、「農は国の本」ということを自覚しているからに他ならない。

 占領下、GHQの弱体化政策に因り「農本主義」的国家観は排除された。大輸出国の米国の戦略に嵌り、国家の大本である軍事的安全保障でも自立出来ず、食料安保でも自立出来ず、これで果たして真の独立国家といえるのだろうか。

 国造りと農業の関係を経済論で語ることは、郷土愛を放棄したと謗られても仕方ない。豊葦原の瑞穂の国に生を享けた者として、農本主義を構築する為にも輸入農産物より国産物を購入し、食糧自給率向上を真剣に考えなくてはならない。

 我が国の祝日の半分が神道の祭日であることが我慢ならない左翼陣営は「ハッピーマンデー」という愚策でその祭日を葬ろうとしていることは明らか。皇室の元服の儀に基く「成人の日」がハッピーマンデーに組み込まれたのはその一例。

 国體破壊を目指す左翼陣営の最終目標は「建国記念日」と「勤労感謝の日」をハッピーマンデーに組み込むことだ。それに対抗するには国の成り立ちや歴史を学ぶことだが、先ずは「紀元節」並びに「新嘗祭」と名称を戻すことが大事。

 現在の祝日の半分が神道の祭日ということだが、戦前は殆どが神道の祭日。悲しい哉、現代日本人は「祭日」を、単なる「休日(祝日)」だと思ってしまっている。ハッピーマンデーや「憲法記念日」や「山の日」などの祝日は要らない。

 建国記念の日を「紀元節」とし、春分・秋分の日を夫夫「春季・秋季皇霊祭」、勤労感謝の日を「新嘗祭」と名称を戻し、4月3日の「神武天皇祭」と10月17日の「神嘗祭」を復活させることは我が国の国體の精華を取り戻すことでもある。

 話を戻すが、国士舘新聞では「彬子さま」ではなく「彬子女王殿下」と尊称を付けていることは好いが、相変わらず講義内容の中の「子供」とすべきところを「子ども」と表記してる。折角の講義内容が台無しだ。

 昨年も同じことを指摘してるが改善されてはいない。「子ども」表記は、「子供」の「供」が「お供え物」「お供する」などを連想させるというのが理由。共産党は「子供」とは「大人の付属物や人身御供を意味する」と主張している。こうした左翼らが謀ったマヌケな企みに天下の国士舘が与してどうすんの。呵呵。

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