日本国民として大東亜戦争の大義を忘れる勿れ!筆順がバラバラな人というのは字が下手くそな人が多い(笑)

2019年12月11日

天皇皇后両陛下が26日、秋篠宮両陛下が28日に御来県!

 地元紙の一面には、両陛下が26日、台風19号で甚大な被害を被った本宮市を御訪問との記事が載っている。福島県民の一人として実に有難いことだ。

 28日には、秋篠宮両殿下が梁川町を御訪問遊ばされる。新聞では「皇嗣(こうし)秋篠宮ご夫妻」と、作為的に「両陛下」ではなく「ご夫妻」と呼称する。こうした皇族への称号不使用が、皇室への尊厳を毀損する。

 政府は、譲位後に皇位継承第一位となる秋篠宮殿下の尊称を「秋篠宮皇嗣(こうし)殿下」と呼称すると発表しているが、ならば、マスコミは「皇嗣秋篠宮ご夫妻」ではなく「秋篠宮皇嗣両殿下」と称するべきだろう。

 この「皇嗣」という名称は皇統の歴史には無い造語である。本来ならば皇嗣殿下ではなく「皇太弟(皇大弟)」と称するべきである。共産主義者や反天皇勢力らの狙いは「皇太子」を空位とし、東宮職を消滅させることに在る。

 皇太子を空位にさせる意味は、敬宮愛子内親王殿下の女性天皇への布石であり、正統な皇位継承者である秋篠宮悠仁親王殿下即位阻止への一里塚。更には秋篠宮家を存続させるのは御二人の内親王殿下の女性宮家創設が目的である。

 先日9日は、皇后陛下の御誕生日。マスコミは「皇后陛下」と称することなく、不敬にも「雅子さま」と報じる。今や皇族方への称号は略され「さま」が常習化しているが、「さま」の呼称は皇室典範23条違反であることを自覚すべきだ。

 皇后陛下の生誕日は、戦前は「地久節」として国民挙って御祝い申し上げた日でもある。「地久(ちきゅう)」とは、老子の「天長地久」からの典拠。昭和6年、香淳皇后の地久節である3月6日が「母の日」に定められた。

 現在の母の日はGHQの意向もあり、米国と同じ5月の第二日曜日となっている。戦後、「天長節」が「天皇誕生日」と名称が変更され、それに伴い「地久節」も無くなってしまったが、本来ならば「母の日」として祝うべき日である。

 報道では、宮内庁発表として「依然として快復の途上にあり、体調には波がある」との見解を公表。即位関連行事が続いたことで疲れが残り「(皇室関連の行事への)過度の期待は逆効果」と国民への理解を求めたが余計なことだ。

「天皇家」というのも可笑しなことで、皇室には武家的な「家」は無い。マスコミは皇室への親しみ易さを演出しているが、陛下や皇室のことは、喩え褒めることであっても、そうしたことを軽々に口にすることは不敬である。

「皇后陛下」と呼ばずに「雅子さま」など、皇族方への「さま」呼ばわりは、反天皇運動の実践であり、国民が殆ど知らぬまに、ソ連共産党から日本共産党へ送られた命令書の忠実な遂行を謀ってると言っても過言ではない。

 日本人であるならば上皇両陛下、皇后陛下、敬宮愛子内親王殿下、秋篠宮妃殿下、悠仁親王殿下と称するべきで、マスコミが主導する「開かれた皇室論」から、我が国の伝統文化や美徳が喪失して行くということを自覚すべし。

 戦前の様に「畏れ多くも畏くも」とは言わないまでも、正式な敬称を使い、節度ある敬意を表すべきである。共産主義者が謀る反天皇運動に与するマスコミに拠る皇族への敬語不使用、敬称略運動を糾弾しなければならない。

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cordial8317 at 06:30│Comments(0)

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