1年というのは実に早いもので、あっという間に師走かぁ(笑)習近平の国賓招待は怪しからんが・・・

2019年12月03日

多くの偉人が「戒語」を遺したが戒語とは己の経験に基く自戒である

「我仏 隣の宝 婿舅 天下の軍 人の善悪」とは、人の集まる所では決して口にしてはならないものを並べたもので茶道の教えの一つである。千利休の高弟・山上宗二が茶の席で豊臣秀吉に向かって説いたと言われている。

 山上宗二の「一期に一度の会と思って亭主を畏敬すべし」との言葉は、誰もが知る「一期一会」の語源ともなった一文である。

 茶席で先の戦話を自慢する秀吉に「我仏 隣の宝 婿舅 天下の軍 人の善悪」と繰り返す。これが徒で秀吉の逆鱗に触れ殺されたも言われている。

 こうした戒めは、失敗も成功も経験者であれば、その言葉というのは心に響くものだ。戒めを説く偉人は多い。人との付き合いの中での「戒め」を分かり易く教えたのが、大愚良寛(良寛和尚)の「良寛戒語(九十戒)」だ。

「言葉の多き」「話の長き」「負け惜しみ」「返らぬことを幾度も言う」「客の前に人を叱る」「人の恥かくことを言う」「人を嫉むことを言う」「おれがこうした」「手柄話」「人を敬いすぎる」「悟り臭き話」・・・

「言うこと言わぬ」「さしたることもなきことを細々と言う」「あゝ致しました、こう致しました、ましたましたのあまり重なる」「言い足らぬことは又つぎても言うべし」「言うたことは再び返らず」「ことばの過ぐるは愛想なし」・・・

 嫁に与えた戒語には「ゲラゲラ笑い、ふくれ面、無駄口など固く止めなさい」と訓える。どうだろう、各各感ずるものがあるだろう。

 良寛は「災難に逢う時節には、災難に逢うがよく候。死ぬ時節には、死ぬがよく候。是ハこれ災難をのがるる妙法にて候」とも訓える。

 災難に遭ってしまうことは誰でもあること。それが何処でいつ起きるかは分からない。起こってしまった災難を取り消すことは出来ないし、災難に慌てふためいたりしてしまうと、過った対処をして災難を大きくしてしまうという戒め。

 小さなことで慌てたり驚いたりしてばかりいれば、心の中で災難が大きくなってしまい、いざという時には冷静な判断は出来ないだろう。起こってしまった不幸には「人生にはこういう時もある」と受け容れることも大事なのだ。

 良寛は70歳にして若くて美しい貞心尼とめぐり逢い純真な恋をした。その貞心尼に看取られながら亡くなった。実に幸せの絶頂での死にも思える。そんな良寛和尚の辞世の句は「散る桜 残る桜も 散る桜」。諸行無常やるせない。 

「戒語」というのは経験に基く自戒。例えば、少年の頃には手の付けられない不良だったという水戸光圀公は、18歳の時に司馬遷の「史記」を読み、学問と修養に励む出す。史記に負けない歴史書を作ろうと志を立てたという。

 光圀公の教えの一つに「欲と色と酒を敵と知るべし」というのがある。

 酒を飲まない人や、欲の無い人が、こういうことは記さない。そういう意味でも、あの天下の副将軍でもある黄門様でさえ、若い時分には女と酒に溺れ、失敗を経験したのだろうと思えば、少しは気が楽だろう。

 宮本武蔵の「独行道」にも、「如何なる別れも悲しまじ」という項目がある。これも冷血ならば敢えて書かないだろう。武蔵というのは人一倍涙脆く、人情深い故に感情を表に現さないような修行を積んだのだろう。

 まぁ、己を戒めるのも好いが、余り気にし過ぎると人間、こじんまりしてしまいますし、自動車のハンドルでも遊びが無いと直ぐに事故りますよ(笑)

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cordial8317 at 06:37│Comments(0)

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