「大丈夫、なんとかなる」。どうにもならない運命などありゃしない(笑)「体育の日」が来年の東京オリンピックに合わせて「スポーツの日」に名前が変わる

2019年10月15日

「誇り高き隊員を失ったことは我が国にとって痛手である」

 安倍首相は13日、防衛省での自衛隊殉職隊員追悼式に出席参列し「誇り高き隊員を失ったことは我が国にとって痛手だ。不幸なことが再び起こらないよう努力する」と述べた。この「不幸」という言葉が意味深に聞こえるのは穿ち過ぎか。

 自衛隊殉職隊員追悼式は昭和32年より、任務遂行中に不幸にして職に殉じた隊員の追悼する目的で防衛大臣主催により毎年この時期に実施されている。

 平成10年には、防衛省が六本木から現在の市ヶ谷への移転に伴い、敷地内に自衛隊殉職者慰霊碑が建立されることとなった。毎年、御遺族、内閣総理大臣、防衛大臣、自衛隊高級幹部などが参列し追悼式が行われている。

 だが、防衛省はその性格上、一般国民が足を踏み入れることは出来ない為に、広く国民が自衛隊員への慰霊や顕彰をすることは困難な状況となっている。

 昭和25年8月9日の警察予備隊発足以来、自衛隊では実に1964名の自衛官が殉職されており、今年も訓練中に亡くなった12名が合祀された。

 阪神淡路大震災や東日本大震災を始めとした災害派遣や我が国の平和と独立と国民の生命財産を守る為に行われている訓練などで、今迄に1976名の自衛官が殉職されていることを果たして国民の何人が知っているのだろうか。

 国民がこうした殉職自衛隊員に感謝し如何に慰霊と顕彰をすべきなのか。自衛隊殉職者慰霊碑を現在の駐屯地内から千鳥ヶ淵墓苑に移そうという声も聞くが、千鳥ヶ淵墓苑ではなくやはり靖國神社に祀るべきではあるまいか。

 中共の覇権的海洋進出を始め、韓国のGSOMIA脱退に見る朝鮮半島の緊張と日米安保の形骸化など、我が国周辺の安全保障環境は益々厳しいものとなりつつある今、一旦緩急を想定して万全の準備をすることが政治の務めである。

 若し「戦死」した彼らを顕彰するのはやはり靖國神社を於いて他にない。1976名にも及ぶ殉職自衛官も同じく靖國神社に祀り顕彰することは当然の行為であり、彼らの犠牲の上で平和を謳歌する我々国民の義務でもある。

 国家の危機の要請に応じ、敢然と戦場に赴いて戦い散って逝った英霊に対し感謝の誠を捧げ、慰霊し顕彰することは世界の何処の国でも当然のこと。 ところが残念なことに我が国では国の礎となった方々は国家から顧みられることが少ない。

 こうした英霊を軽んずる行為が、昨今の国民精神の頽廃を招いている要因となっていることを我が国の政治指導者は考えたことがあるのだろうか。

 河野防衛大臣は「隊員の遺志を受け継ぎ、国民の生命や領土、領海、領空を断固として守り抜く為に全力を尽くす」と語った。ならば、改憲さえすれば好いというものでもない。国家に殉じた英霊の祀り方も論じる必要があろう。

 殉職した自衛官のどういう遺志を継いで、どの様に世界の平和と安定に貢献するのか。 殉職自衛官に対し、憲法上の理由から国民が感謝の誠さえも捧げられないという誤謬に満ちたこの国の陋習を糺さなくてはならない。

※コメントは会員のみにさせて頂いておりますが、コメント入力希望の方はパスワードを教えますのでmr.cordial@live.jpへ、または直接メールに御意見を。

《御支援の御願い》 みずほ銀行 郡山支店 普1464729 ニッポンロンダンクラブ

cordial8317 at 06:04│Comments(0)

コメントする

このブログにコメントするにはログインが必要です。

「大丈夫、なんとかなる」。どうにもならない運命などありゃしない(笑)「体育の日」が来年の東京オリンピックに合わせて「スポーツの日」に名前が変わる