「今日から君はスミスさんだ」と言われたらどう思うか(BY石破茂)昭和39(1964)年10月10日、アジアで、また有色人種国で初めての「東京オリンピック」が開催された意義を忘れるな!

2019年10月09日

「表現の不自由展・その後」が愛知県芸術文化センターで再開!

 国際芸術祭とは名ばかりで、その実は反日侮日展著しい「表現の不自由展・その後」が愛知県芸術文化センターで再開された。自由に閲覧出来る筈が何故か厳重な規制が敷かれている。覚悟に乏しいヘタレの集団らしい姑息さだ(苦笑)

 企画展が多くの国民の怒りを買い抗議が殺到すると早々に閉幕。総責任者である大村秀章愛知県知事は多くの抗議や申し入れを「テロ」と準えた。

 とても芸術作品とは思えない珍品は、日本と日本人を侮辱するだけのもので抗議があって当たり前。「殺されてもやる」という覚悟に乏しく、法律の「表現の自由」を振り翳して騒ぐのが関の山。天誅を下されなかっただけマシ(笑)

 数年前、フランス週刊紙シャルリエブド襲撃事件が起きたのは記憶に新しい。フランス人にとって風刺はエスプリ(精神・知性)を表す表現の一つで、風刺画によって相手を嘲笑するのはフランスの伝統・文化だというから厭きれる。

 襲撃した犯人はイスラム過激派と関係のある3人だった。彼らは、シャルリエブド社が載せる皮肉交じりの下品極まる風刺を、イスラム批判と捉えて犯行に及んだ。イスラム教とムスリムへの差別と偏見が赦せなかったのだ。

 風刺画を掲載し続けたのは覚悟あってのことだろう。襲撃を受けてから「表現の自由」を振り翳し「言論への弾圧」だとか騒いでたが、風刺画というのはそれこそペンの暴力であり、襲撃した犯人らは暴力には暴力で抗しただけだ。

「表現の不自由展」にシャルリエブドの風刺画、然も殺人事件の元となったイスラムを揶揄する作品を「表現の不自由」の最たるものとして展示すればその覚悟と趣旨も分かり易いが、所詮は日本人だけを差別して悦に入る。

「表現の不自由展」の企画は、芸術とは程遠い日本人の誇りを傷付けるだけのものでしかない。再開を喜んでるのはアホ左翼と韓国人くらいなものだろう。

 この企画展に反対する河村たかし市長は「減税日本」の支持者らと共に「陛下への侮辱を許すな!」などと書いたプラカードを掲げて抗議の声を上げた。怒り心頭の国民の先頭に立った河村市長の正義感溢れる行動に敬意を表したい。

 一方の反日侮日展の総責任者でもあるウナギイヌこと大村知事は、河村市長の行動を「右翼団体とヘイトスピーチ」とのレッテルを貼って批判した。一般人と右翼の区別も付かない大村というのはド盲(めくら)そのもの。

 企画展では慰安婦像ばかりが話題に上がるが、昭和天皇の御真影を燃やし踏み付ける映像や、特攻隊員を愚弄した作品などが展示されている。更には東日本大震災を取り上げ、原発事故を揶揄した映像などもあるという。何が「芸術祭」か。

 現憲法では確かに「言論の自由」「表現の自由」が保障されている。だが、憲法での自由や保障を振り翳す前に、その自由には公共の秩序を守るなどの最低限の常識や日本人としての良心がなくてはならないのは言うまでもない。

「表現の自由」が何でもかんでも赦されるなら、企画展を支持する立憲民主党の福山哲郎らは猥褻画像のプラカードで対抗し、朝日新聞や売国マスコミは「キンタマ~!」とでも叫んで自ら表現と言論の自由の模範を示したら如何か(笑)

 祖国日本と日本人としての誇りを傷付ける表現の自由とは何ぞや。日本人差別が芸術と言い張り、それに抗議する声を「テロ」と準えた大村。差別と偏見に満ちた嘲りは、良識ある国民の怨みや怒りを増大させるだけだ。

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cordial8317 at 08:08│Comments(0)

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