西郷隆盛は政府軍との戦争を起こそうとは考えていなかったというが明るく素晴らしい未来を楽しみにしているとても幸せな少女(BYトランプ)

2019年09月25日

学校でのイジメや虐待などの対応にスクールロイヤー(専門弁護士)を配置させるというが

 昨日の地元紙の一面に「学校に専門弁護士配置へ」との記事が躍ってた。文科省が「スクールロイヤー」と呼ばれる専門の弁護士300人を全国に配置するそうだ。この弁護士が市町村教育委員会からの相談を受けるという。

 学校でのイジメや虐待、不登校やモンスターペアレントと呼ばれる保護者とのトラブルに警察より先んじて専門の弁護士を教育現場に介入させるという。

 イジメや教育現場での問題は担任教諭らを疲弊させるだけで、そういう意味では違法行為などの対策には効果が上がるだろうが、イジメや虐待への対応効果はどうなのだろう。況してや旧態依然の教育委員会を通すことに違和感を覚える。

 教育の荒廃の元凶は左翼思想逞しい日教組や全教だけではない。文科省や教育委員会の不作為と政治家の教育改革への無関心、そして戦後の幼稚な人権主義や暴力否定の安っぽい平和主義が少なからず影響を齎したのは否定出来ない。

 教育委員会は戦後に発足。我が国の教育制度を米国の意の儘に置こうというのがその狙いだった。教育委員会というのは日本国憲法と同じ米国製である。現憲法には違和感を抱く国民も多くなったが、教育委員会には無関心な人ばかり。

 米国は大東亜戦争に至った原因を「戦前の日本の軍国主義が日本の中央集権的教育制度を齎し、それが結果戦争に繋がった」と結論付けている。

 その日本の学校教育を内務省の中央集権的統制から解き放ち、その管理を、地域住民の代表により構成される合議制の教育委員会の下に置こうと画策した。

 教育委員会のモデルとなったものが、米国の教育委員会制度である。この組織は米国の開拓時代の占領統治の思惑から生まれたもので、終戦後の我が国の統治は開拓時代と同じく占領に拠り矯正し、米国の価値観を強要するのがその狙い。

 戦後民主主義教育は米国の思惑以上に大きな成果を齎したが、教育の場に教育委員会が介入することで余計に混乱を招いてるというのが現状でもある。

 教育現場に専門の弁護士を配置するより、事勿れ主義の教育委員会を排除し、自治体の教育長と校長が主導で事に当たるべきではあるまいか。こういう如何にも官僚が考えそうな政策が却って現場の教諭らを委縮させる。

 文科省も教育委員会も日教組も全教も教育荒廃の腐った肥溜めというのが正しく。中でも米国製の教育委員会は廃止すべき組織であり無用の長物。教育委員会制度廃止こそが教育改革に繋がり、延いてはイジメ問題解決にも繋がるだろう。

 以前、橋下徹が代表だった頃の日本維新の会が「教育委員会廃止法案」提出したことがあった。残念ながら成立しなかったがコレは画期的な法案だった。

 その要旨は「地方教育行政法」や「地方自治法」などを改正することで、教育行政の最終責任が政府に在ることを明確にし「自治体は首長の下で行政部局(仮称・教育行政局)を設けて教育事務を行う」というものだった。

 この「教育委員会廃止法案」は、教育再生を掲げる安倍政権にとっても願ったり叶ったりの法案だと思ったのだが成立を図るどころか話題にも上らなくなった。

 要は安倍のヤル気の無さの表れ。安倍は施政方針演説などで「子供達が夢に向かって頑張れる国造り」と宣ってはいるが、やってることは選挙目当ての学校給食の無償化や奨学給付金の拡充など教育をカネで語るだけ。

 イジメや虐待を無くすには教育の根本を糺すことが大事。教育は国家の大本である。教育再生を図る上でも教育の中身を大いに論じ充実させるべし。

※コメントは会員のみにさせて頂いております。コメント入力希望の方はパスワードを教えますので mr.cordial@live.jpへ御気軽にメールを!

cordial8317 at 11:30│Comments(0)

コメントする

このブログにコメントするにはログインが必要です。

西郷隆盛は政府軍との戦争を起こそうとは考えていなかったというが明るく素晴らしい未来を楽しみにしているとても幸せな少女(BYトランプ)