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2019年09月23日

彼岸会法要は天皇の詔として始められた行事だった

 今日9月23日は「彼岸の中日」。県内は生憎の雨模様だが墓参りに行く人も多いだろう。この日、皇居では秋季皇霊祭が斎行される。

  元々、彼岸とは先祖を祭る日だった。明治11年、歴代天皇や主たる皇族の忌日を春と秋にまとめ奉祀したことが始まり。明治41年制定の「皇室祭祀令」では春季皇霊祭・秋季皇霊祭ともに我が国の大祭に指定された。

「皇室祭祀令」はGHQに拠り、統治下だった昭和22年5月2日に廃止。然し、翌年以降も宮中では従来通りの春季皇霊祭・秋季皇霊祭が行われている。

 GHQ指導の祝日法改正で「春分の日」「秋分の日」と改称されている。だが、本来の名称である「春季皇霊祭」「秋季皇霊祭」に戻すことは、戦後占領政策のあらゆる施策を見直すことにも繋がることで、我ら国民の義務でもある。

「彼岸」とは雑節の一つで「二十四節気「五節句」などの暦日の他に、四季折々の季節の移り変りを日本的に表した特別な暦日のことをいう。

 雑節には「節分」「八十八夜」「土用」「入梅」「半夏生」などがある。こうした歴日が、我が祖国日本の四季折々の麗しい情景を深める。

「春分」と「秋分」は、太陽が真東から昇り、真西に沈むので、西方に沈む太陽を礼拝し、遙か彼方の極楽浄土に思いを馳せたのが彼岸の始まり。

 現在では彼岸の仏事は浄土思想に結びつけて説明される場合が多く、浄土思想での極楽浄土(天国)は西方の遙か彼方にあると考えられている。

 彼岸会法要は天皇の詔(みことのり)として始められた行事だった。皇室で行われる皇霊祭が、国民が祖先を供養する行事として定着するに至った。

 こうした彼岸会法要からも天皇と国民の深い結び付きを窺い知る。正に我が国は天皇の国であり、天皇即日本である。皇室は常に国民と共に在り、この「君民一体」こそが、万邦無比の我が国體の精華なのである。

 因みに、彼岸会の「彼岸」は「日願(ひがん)」に喩えられ、仏教語としての彼岸は後から結びついたものであるという説もある。

 俗に中日には先祖に感謝し、前後の6日間は、悟りの境地に達するのに必要な6つの徳目「六波羅蜜」を1日に1つずつ修める日とされている。仏教徒というのは修行修行で大変だよなぁ。尤もそんな仏教徒に会ったことはないが(笑)

「六波羅蜜」とは大乗仏教における六種の修行で、菩薩が涅槃に至るための六つの徳目のことで「六度」ともいう。

 その六種の修行とは、施しという徳「布施波羅蜜」、戒律を守る徳「持戒波羅蜜」、忍耐という徳「忍辱波羅蜜」、努力という徳「精進波羅蜜」、精神統一という徳「禅定波羅蜜」、智慧という徳「般若波羅蜜」をいう。

 六つの徳目の中で「持戒」「忍辱」「精進」「禅定」「智慧」というのは言葉では理解すれど、これらを修めるのは容易なことではない。

「布施」という施しは目に見えて分かるので、仏教の世界、特に昨今の葬式仏教や新興宗教の世界では「布施」ばかりが信心の裏返しであるかの様な、我田引水的な都合の好い解釈が罷り通っている(笑)

「施し」というのは、愚生は「自分より能力的に肉体的に劣る者や難渋している者、悩みや壁にぶち当たっている者に対し金銭的なものを含めて支えて助けてあげること」。これこそが真の施しというものではないのかと思っている。

 波羅蜜とは「魔訶般若波羅密多(まかはんにゃはらみた~)心経」で始まる般若心経にも頻繁に出てくる言葉だから馴染みがある言葉だろう。般若波羅密多の「魔訶」とは「尊いもの」という意味だが、仏教徒が理解してるとも思えない。

 死んでも戒名さえ貰えば極楽浄土に往けると思ってる人ばっかだが、戒名を頂くということは「御釈迦様(釈迦牟尼)の弟子になるということ」。要は、仏教徒というのは死んでからも修行は続く。いや~愚生は神道で好かったわ(笑)

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cordial8317 at 07:21│Comments(0)

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