我が国はアジアを侵略したのではなくアジアを侵略していた連合国と戦いに臨んだのだ「大東亜戦争終結ニ関スル詔勅」を改めて奉読為れたい

2019年08月13日

8月15日は「終戦記念日」ではなく「平和祈念日」

 保守派の論客でもある小堀佳一郎が、靖國会報の中で「終戦の詔勅奉戴日に寄せて」というタイトルで陛下の御親拝を切望し「終戦の詔勅奉戴日こそが御親拝に最も相応しい日である」との論文を寄稿していたのは記憶に新しい。

 小堀のいう「終戦の詔勅奉戴日」とは8月15日。この日を「終戦記念日」と称していることに驚きを隠せない。これが安倍に近い保守派の現状なのだ。

「大東亜戦争終結に関する詔勅」の渙発は二日前の13日で、内閣が署名し公布したのが翌14日。そして15日は録音による「玉音放送」が流された日だ。

 国民の多くはこの玉音放送があった日を「終戦記念日」と称し、保守派や軍事マニア、右翼団体らが靖國に参集しパフォーマンスを繰り広げる。「8月15日こそが御親拝に最も相応しい日である」というのなら静かにしてたら如何か(苦笑)

 8月15日は「終戦記念日」ではない、我が国の「終戦の日」は主権回復した昭和27年4月28日であり、政府がポツダム宣言による降伏文書に調印した日は9月2日、連合国はその翌日3日を対日戦勝記念日としている。

 8月15日が「戦没者を追悼し平和を祈念する日」であるなら「終戦記念日」ではなく「平和祈念日」と言い換えた方が好いと思う。

「終戦記念日」との呼称こそGHQによる戦後民主主義教育の影響であり、「終戦記念日」とは、侵略戦争と疲弊した状態から解放してくれた米軍への感謝の意味と、日本人に贖罪意識を植え付ける為の呼称である。

 8月15日に靖國神社に公式参拝したのは昭和60年の中曽根康弘。それ以降、公式参拝をした総理大臣はいない。それ以前の総理大臣は春秋の例大祭に詣でるのが恒例で、何も「公式参拝」と自慢する様なものでもない。

 多くの国民の支持を得て8月15日を「終戦記念日」として仰々しく公式参拝しながら、それから間もなく中曽根は中共からの抗議を受けると、申し合わせたかの様に「公式参拝」そのものを取り消して謝罪するに至った。

 その理由を中曽根は驚くことに、当時の中国共産党書記長で「知日派」と言われた「胡耀邦の失脚を防ぐ為のもの」だと平然と答えた。

 だが、初めから公式参拝への抗議が来ると読んでのマッチポンプだったというのが正しく、この謝罪により、歴代続いた総理大臣の靖國神社参拝が途絶えたばかりか、あろうことか陛下の御親拝も憚れる様になってしまった。

 正に中曽根の終戦記念日の参拝によって靖國神社は政治問題化され、その後の内閣の悪しき前例となってしまった訳だが、これこそ中曽根の狙うところであり、中曽根が国賊と断じられる所以でもある。

 中曽根の大罪を列記すれば、歴代続いた靖國神社への公式参拝を、支那・韓国のイチャモンに屈し取止め、その後の内閣の前例になったこと。

 中曽根の売国は枚挙に暇なく、中でも「支那人就学生10万人計画」という愚策を謀ったことは万死に値する。この愚策は現在も続いている。

 支那人留学生には1人当たり、年間250~300万円の予算が組まれており学費は免除、月々の生活費も保証されている。4年間で平均1051万円もの血税が使われ、その予算は約2600億円に以上に及ぶ。

 支那人への優遇措置が為される契機になったのが、8月15日の中曽根に因る靖國神社のインチキ公式参拝だったということを忘れてはならない。

 未だ、保守派や自称・愛国者や右翼団体らが8月15日に参集するが、これ正に中曽根から続く靖國神社冒涜運動の継承と断じて好かろう。

「終戦の詔勅奉戴日(8月15日)こそが御親拝に最も相応しい日である」というなら、あの左右入り乱れての喧騒は頂けない。遺族が心静かに詣でられる静謐な環境を整えるのが先決で、そして陛下の御親拝を仰ぎ奉るべきである。

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cordial8317 at 07:25│Comments(0)

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