「御陵」とは伏し拝むべき神聖にして侵すべからざる聖域である戦後のゲイ能会を牽引してきたジャニー喜多川が死去

2019年07月08日

未だ国内に蔓延する明らかな歴史認識の誤謬と無知と自虐史観

 昭和12(1937)年7月7日、支那事変(日支事変、日中戦争)の引き金となった「盧溝橋事件(七七事変)」が勃発した。この衝突を今だに「日本軍からの攻撃であり、我が国の侵略戦争である」という認識が蔓延っている。

 この認識は明らかな無知と自虐史観に因る誤謬である。我が国は「北京議定書」に基づき在留邦人保護の為に軍隊を駐屯させていた訳で、盧溝橋でその正当に駐留していた日本軍の攻撃仕掛けたのは支那の方だった。

 上海では日本人保護の為に合法的に駐留していた海軍陸戦隊に、蒋介石は正規軍10万人で攻撃を仕掛けてきている。こうした事情もあって支那事変は本格化して行くが、何れも侵略者は日本軍ではないことは明らか。

 条約に基づいて他国に軍隊を駐留することは国際法的に問題はない。例えば日米安保に基付き米軍が国内に駐留しているのは侵略とは言わない。

 この合法的に駐留している米軍を自衛隊が攻撃して戦争になった場合に、それが譬え日本国内で戦われたとしても侵略者は日本ということになる。盧溝橋事件を分かり易く解説すればそういうことで、侵略者は支那ということになる。

 戦争勃発前は果たしてどういう状況だったかというと、支那の新聞の大勢は「対日主戦論」が幅を利かせていたことは言うまでもない。当時の主戦論には、過激な知識人・学生・都市市民、中国共産党、地方軍閥の3グループ。

 共産党と軍閥は知識人などに主導された過激世論を味方として、蒋介石政権に対しての立場を有利にしようと狙っており、特に共産党は「反日」を最大の政治的武器として使っていたことは歴史的事実で、これは現在も引き継がれている。

 昭和6年(1931年)11月には、江西省の瑞金に成立した中華ソビエト共和国が毛沢東名で我が国に対し「宣戦布告」を発している。 この様に何時何処で日本への攻撃が起っても不思議ではない状況の下で起ったのが盧溝橋事件である。

 実は中国共産党にとって当時の状況は深刻で、西安事件が起こり蒋介石は共産党攻撃を中止し、毛沢東と抗日戦で協力関係を作ることを約束した。

 然しその後、蒋介石は共産党に対し次々に厳しい条件を突き付けた。この窮地に大博打を打って出たのが中国共産党の首魁であった毛沢東だった。

 国民党軍の中に大量に潜り込ませていた共産党軍に「反日」を煽り、それに紛れて7月7日22時40分に発砲事件を起こした。この翌日早々に、共産党は中央委員会の名で長文の電報を蒋介石や全国の有力者、新聞社、団体などに発信している。

 実は日本軍が初めて発砲したのは8日の午前5時30分という事実が分かっている。当時の通信事情からしても、8日に朝方に初めて反撃されたのに直ぐに公式電報を作成し発信することなど絶対的に不可能である。その証拠が存在する。

 支那派遣軍情報部北平(北京)支部長秋富大佐は「事件直後の深夜、天津の特殊情報班の通信手が、北京大学構内と思われる通信所から延安の中共軍司令部の通信所に緊急無線で呼び出しが行われているのを傍受する。

 そこには「成功した」と3回連続反復送信していた。これが何を意味するものか。今ではそれが「盧溝橋事件」の明らかな証拠とされている。つまり、謀略が成功したことを延安に報告し、延安では電文作りが行われたということになる。

「盧溝橋事件」は我が国に責任は無い。この事件は中国共産党が起こした謀略であり、共産党にこそ責任が在るのは今や100%確かな歴史的事実である。

 戦後民主主義教育の洗脳から目覚めず「日中戦争は日本の侵略だった」などという国内外の共産主義者らのプロパガンダをいつまで信じ続けるつもりなのか。

 戦争の発端となったこの事件の「事実」を知れば、自ずと真相は白日の下に曝されるだろう。だが、悲しい哉、日本人というのはたった一度の敗戦から贖罪意識を植え付けられ歴史の事実すら知ろうとせずに現実逃避を続けている。

 歴史というのは為政者に拠って都合の好い様に作られる。所謂「中国四千年」の歴史にしろ、朝鮮半島の輝ける歴史にしろ、民族に誇りの無い国の歴史とは、王朝が如何に正当性を持つかという創作であり嘘の歴史のオンパレード。

 安倍にしろ、政治家というのは歴史認識を問われると正統な歴史を知らない故に「歴史は歴史家に任せる」などとキレイゴトを言う。だが、それは言い方を変えれば議論を避けるということであり、歴史論争から逃げるここと同義である。

 彼らにとって優秀な歴史家というものは、自国の正当性を如何に論じられるかだけで、捏造してでも真実と言い張れるかなのだ。 捏造には全力でカネで買収し、銅像や記念館を建て既成事実化するのが常套手段である。

「従軍慰安婦」や「南京大虐殺」という大嘘も、毅然と反論して行かなければ時代が経つにつれ真実になってしまうだろう。そうなってからでは遅過ぎるのだ。

 歴史は歴史家が考えればいいというものではない。歴史の問題は国の存亡に係わる一大事であり、国家の大本である。いつまでも戦後民主主義的プロパガンダや自虐史観という洗脳の留めなき淵にどっぷりと漬かり込んでる場合ではない。

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cordial8317 at 05:48│Comments(0)

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