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2019年07月01日

商業捕鯨再開は日本文化の再興でもある!

 捕鯨に関してはIWCで、地道な調査と科学的データを明らかにしたことで孤立無援だった我が国への賛同国も徐々に増えていた。捕鯨問題は我が国外交史上、貴重な勝利事例になる可能性が見えていたが、その努力空しくIWC脱退を決断した。

 2016年、反日著しいオランダ・ハーグの国際司法裁判所が「日本の現在の調査捕鯨は商業捕鯨であり条約に違反する」との判断を下し、捕鯨停止を命令したことで、調査捕鯨による科学的データの開示という地道な活動が水泡に帰した。

 反日が根底にあり感情的に反捕鯨を叫び、己らの倫理観と偏狭な正義感を強要する反捕鯨国家と妥協点を見出すことは不可能なこと。IWCに正義は存在せず、無意味な論争をして我が国だけがバッシングされ続ける必要もない。

 捕鯨国は別に日本やノルウェー、デンマーク、アイスランドだけではない。カナダやアメリカ、ロシア、グリーンランド、インドネシア、ドミニカ、環境保護団体シーシェパード(SS)の本部の在るオーストラリアや韓国も捕鯨を行っている。

 我が国が捕る鯨の頭数は限られているが、韓国では「混獲」として日本の実に4倍もの鯨を乱獲している。「混獲」とは他の魚を捕る為に仕掛けた網に入ってしまった鯨のこと。普通は逃がすが、韓国は死ぬまで放置し水揚げしている。

 こうした韓国が批判されず、我が国のみを反対する場と化したIWCの存在意義は無い。ノルウェーやアイスランドに倣いIWCから脱退を決断し商業捕鯨再開したことは正しい。戦後の我が国は「国際協調」の意味を曲解し過ぎていたのだ

「クジラは絶滅危惧種」というが、実際にはクジラは品種にも拠るが絶滅どころか殖え過ぎている。昨今は調査捕鯨での科学的データを無視し「クジラやイルカは人間に近く捕獲するのは可哀そう」などと安っぽい感情論に訴える始末。

 我が国が地道に行ってきた科学的データなんぞ端から関係ないのだ。調査捕鯨に拠ってクジラが殖え資源回復が明らかになっているにも拘らず、こうした感情的反捕鯨活動が逆に大きく自然環境を損ねる結果を齎すだろう。

 世界の漁師の漁獲量は約1億トンに及ばない。一方で、地球上の鯨類が年間に捕食する魚類の総量は2億5000万トン~4億トンと言われている。

「鯨飲馬食」と言われるほどに食欲旺盛な鯨類が増え過ぎれば、人間が食料にしている水産資源も脅かされる。食料自給率の乏しい我が国にとって捕鯨こそ推進すべき国策であり、何より美味しい鯨料理が安く食べられる様になる。

 我が国で商業捕鯨が本格的に始まったのは江戸時代初期の17世紀(1606年)に遡るという。紀州(和歌山)の太地で開始された商業捕鯨はやがて全国に広まり、それと共にタンパク源補給に鯨を食する習慣も全国に広まった。

 松尾芭蕉は「水無月や 鯛はあれども 塩鯨」と詠んだ。塩付けされた鯨の肉は江戸庶民の大衆食として愛された。19世紀初頭には「鯨肉調理方」という本が出版されている。鯨食というのは広く国民に普及していた食文化でもあるのだ。

 今でも北海道や東北では「鯨汁」を食したり「ハリハリ鍋」にしている地域もあるし、大阪のおでんにはコロ、サエズリ、オノミといった具が入る。

 反捕鯨勢力は鯨食を「ゲテモノ」扱いしたり「戦中戦後の食糧難時代に止むを得ず広まったもの」だとか「遠洋漁業は鯨油を採る目的だ」などと愚にも付かない反論をしてるが、論理的なものとは言い難い非科学的なものばかり。

 欧米の捕鯨は皮だけ剥いで鯨油のみを採るやり方だったから勘違いしているものが多い。日本の捕鯨は単に食するだけではなく、漁師達は鯨塚を作り供養し、鯨の髭は文楽の人形に使い、骨は櫛などの工芸品となっている。

 捕鯨問題の背景にはこういった我が国の伝統的鯨文化の問題もある訳で、反捕鯨や反イルカ漁は日本文化の否定というより、日本人差別に端を発していると言っても過言ではない。商業捕鯨再開は日本文化の再興にも繋がるだろう。

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cordial8317 at 12:57│Comments(0)

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