厚労省の統計不正問題の元凶は役人の驕りと逆上せ上り2月7日の「北方領土の日」が領土返還が遠退いてる元凶でもある

2019年02月05日

ヤルタ協定はルーズベルト個人の文書であり米政府の公式文書でなく無効である

 第二次世界大戦中の1945年(昭和20年)2月4日から11日にかけて、米国のルーズベルト、ソ連スターリン、英国のチャーチルらがクリミア諸島のヤルタに集い密談が行われた。所謂「ヤルタ会談」である。

 この時、ルーズベルトは「南樺太のソ連に返還」と「千島列島のソ連への引き渡し」を条件に日ソ中立条約の破棄を進言し、対日参戦を促した。

 ソ連は、この密約に従ってドイツが無条件降伏した約三ヵ月後の昭和20年8月9日、ソ連は「日ソ不可侵条約」を一方的に破棄し参戦し、ソ満国境を越え鬼畜の如き蛮行を繰り返し、南樺太並びに全千島列島を強奪した。

 現在もロシアは「ヤルタ密約(ヤルタ協定のうち極東密約)」を楯に北方領土の主権を主張しているが、ヤルタ密約の有効性について、英国政府はヤルタ会談翌年の1946年2月に疑義を呈していたことが明らかになっている。

 英国立公文書館所蔵の英外交電報では「露の四島占拠根拠なし」として、米英ソがヤルタ密約を公表する2日前に、英外務省から全世界の在外英公館54ヶ所に「緊急且つ極秘」に一斉に送られた。

「ルーズベルト大統領が権限を越えて署名したことや、米上院の批准もない状況下での有効性について米国内で論議が起こるかもしれない」として、「(英国は)その議論に巻き込まれないよう注意すべきだ」と警告している。

 チャーチル首相が1941年8月、ルーズベルト大統領と領土不拡大の原則を謳う「大西洋憲章」に署名しており、ヤルタ密約がこの大西洋憲章に反するとの英政府の認識が示された形だ。

 一方、米国では1953年に就任した共和党のアイゼンハワー大統領が年頭教書演説で「あらゆる秘密協定を破棄する」と宣言している。

 1956年には、アイゼンハワー政権が「ヤルタ協定はルーズベルト個人の文書であり、米政府の公式文書でなく無効である」との国務省声明を発表し、ソ連の北方領土の占有に法的根拠がないとの立場を鮮明にしている。

 ヤルタ協定に参加した米英が、ロシアの北方領土の主権に疑義を呈している中で、何故に当事国の我が国がロシアの主張を認め、北方領土や南樺太での鬼畜の如き蛮行を赦した挙句、二島先行返還に拘るのか理解に苦しむ。

 ロシアは第二次大戦の勝利、つまりは「ヤルタ秘密協定」を楯に北方領土の主権を主張しているが、ヤルタ秘密協定こそが国際法的にも意味を成さない協定であり、サンフランシスコ平和条約の千島関連の条項もまた然り。

 ロシアの主張は「カイロ宣言」などに明記された「領土不拡大」という戦後処理の大原則を蹂躙するものでスターリンの主張を踏襲しているが、このカイロ宣言にはスターリン自身も署名している。

 こうした矛盾と不当性を糾した上で、我が国の領土主権の正当性を内外にアピールすべきであるが、何故か二島に固執し譲歩するばかり。

 我が国の弱腰軟弱土下座外交からの目先の返還要求こそが、未だに領土問題が解決しない元凶であるのは言うまでもない。

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cordial8317 at 06:13│Comments(0)

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