明治5年(1872年)12月3日が明治6年の元旦となった靖國神社の参道で支那人活動家が放火し逮捕される

2018年12月06日

「先輩として後輩力士の礼儀を正すことは義務と思っている」

 約一年前、九州場所後に行われたモンゴル出身者が集う慰労会の席で、日馬富士が貴ノ岩に暴行し引退を余儀なくされた。引退の記者会見で彼はこう語った。

「先輩として、後輩力士の礼儀を正すことは義務と思っている。弟弟子を思って叱ったことが、彼を傷付け、世間を騒がすことになってしまった」

 そんな被害者だった貴ノ岩が、何やら犯したミスに言い訳した付き人に暴力を揮ったことがバレて、日頃から保守の牙城でもある相撲協会や国技である相撲を敵視するマスコミが、ここぞとばかりに大騒ぎしている。

 貴ノ岩にしてみれば人としての道を教えたつもりなのだろう。だが教えるというのは実に難しく、言い聞かせて本人が理解出来れば問題ないが、言っても分からない奴に幾ら言い聞かせてもは効果はなく、その結果がビンタだったということ。

 体罰やシゴキによって理性ではなく本能を鍛え上げることは教育上の大事な要素の一つでもあるが、今や全てが暴力として片付けられてしまう。

「愛のムチ」と暴力は紙一重。ヤキもビンタもそこには後輩を思いやる気持ちがあり、受け入れる側も先輩を敬う気持ちが無くてはならない。

 要は貴ノ岩に日馬富士や白鵬への敬いが乏しかったと同じく、言い訳した付き人も貴ノ岩への尊敬の念が乏しかったのだろう。

 貴ノ岩も日馬富士が発したと同じく「先輩として、弟弟子を思って叱ったことが世間を騒がすことになってしまった」ことを痛感していることだろう

 人を育て上げるというのは日本刀が出来上がる過程と似ている。日本刀は先ず卸し鉄を「積み重ねる」ことから始まる。

 そして「鍛錬」し「下鍛え」し、何回も何回も鍛え上げ、「芯鉄」を鍛え造り込む。叩いて叩いて鍛えることで強靭で立派な刀が出来上がるのだ。国士舘の創設者・柴田徳次郎先生もこう訓示している。

「刀というのはトンテンカン、トンテンカンと叩いて叩いて鍛え上げなければ五郎入道政宗とか村正といった立派な刀は出来ません。国士舘の生徒も先生だけの指導だけではダメで、学校も親も一緒になってお子さん方を鍛え上げて行かなければ立派な日本人に育てることは出来ません」

 日本刀を作る上で最も大事なのが「焼き入れ」である。焼き入れを行うことで刀に命を吹き込む。焼き入れ一つで刀の出来も価値も変わってしまう。

 教育者も指導者も刀鍛冶と同じく、ヤキという鍛え込みと、更なる磨き上げで立派な人材が出来上がることを知るべきだが、如何せん、ヤキの後に磨き上げることが無いから単に体罰や暴力だと断じられてしまうのだ。

 日馬富士のヤキや貴ノ岩のビンタに全く問題が無いということではないが、礼儀を正そうとした慈愛の一面をも否定し、暴力で片付けてしまうという風潮が事の本質を間違った方向へ導いてしまっているのではあるまいか。

 昨今の欧米流の理性を重視する教育論に抜け落ちているのは「本能論」であり、戦後、日本では子供を褒めなければダメ、叱ったり殴ったりすることはケシカランという考えが支配的になり、現在の我が国の教育論の基となっている。

 仏教でも儒教でも「本能が理性を創るのに重要な役目を果たしている」と説いているにも拘らず、人間の驕りから動物との優劣性を強調する余り、人間にも当たり前に在る「本能」というものを下等なものとして否定しまった。

 抑々「褒める教育」とは、教育荒廃の元凶でもある日教組が「生徒の自主性・自由の尊重」と謳ったところから始まったものだ。その為に非行を繰り返す不良生徒を殴った教師が吊し上げられ排除されてきた。

 教育で一番大事なのは「徳育」であり、徳育とは「人間性」を確立することに在る。日本の教育再生には「正しい精神論」を創ることこそ肝要なのだ。

 失敗に失敗を重ねた文科省や教育委員会に学校を変える能力は無いのと同じく、相撲協会が暴力決別宣言をしたところで意味は無い。

 我が国の教育が抱えている問題にしろ、見苦しい言い訳を繰り返す付き人にしろ、煽り運転で逮捕された自己中の犯罪者などにしろ、小学校の段階で正しい人間性の基礎が形成されていないことが要因でもある。

 褒められることしか分からないままに成長してしまったことに因る弊害とも言える訳で、理性は正しい精神論の実践に因って鍛え上げられる。本能論こそが犯罪心理や暴力問題を始めとした諸問題を克服してくれるものとなる。

 愚生の場合、そんな付き人なら徳富蘇峰の「言い訳は見苦しいばかりではなく同じ過ちを繰り返す」を引用して諭すだろう。そして同じことが繰り返されるならばヤキは当たり前のことだ。呵々大笑。

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cordial8317 at 08:43│Comments(0)

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