カルロス・ゴーンに見るまでもなく吝嗇家の経済人が多過ぎる三島由紀夫と森田必勝らの行動こそが正気の狂気である

2018年11月24日

大嘗祭や皇位継承に伴う儀式の簡素化こそ現憲法の護持を規定化するものである

 政府は、大嘗祭後に賓客を招く「饗宴の儀」の簡素化を発表。こうしたことは憲法違反の疑いのある大嘗祭を考慮したもので、また饗宴の儀には我が国が国家として認めていない台湾は招待されない可能性もある。

 周知の通り、台湾は世界の中で最も親しい国家であり、東日本大震災での義援金は270億円を越えた。「信義誠実の原則」という我が国が忘れてしまった日本的価値観の美徳が台湾にはまだ連綿と生きている。

 日本の統治時代について台湾の歴史教育は、実に公正に教えており、台湾の近代化にかなり役に立ったという論調で書かれている。鉄道や電気、水道といったインフラ、教育までも日本と全く同じレベルに徹底されている。

 台湾に「日本精神(リップンチェンシン)」という言葉があるという。「勤勉である」「約束は破らない」「人を裏切らない」こういう人を「あいつは、日本精神がある奴だ」と喩える。現代の日本人は恥ずかしくて赤面してしまいそうだ。

 台湾を国家として認めない状況は道義国家として恥ずべきことで、旧ソ連の中立条約蹂躙と同じく日華国交条約の破棄を謝罪し国家として認めるべきである。

 天皇の御地位も現憲法下では、共産党が諸手を挙げて天皇反対を叫んでいる以上「国民の総意」ではなく違憲の存在でもある。本来ならば第9条より第1条から第8条までの天皇条項こそ改憲の突破口とすべきなのだ。

 天皇にとって最も大事なものは「祭事」であるが、歴代天皇が古来より司って来た祭事は、現憲法によって天皇家の「私事」になってしまい、現皇室典範には「大嘗祭」の規定は存在しない。

 現憲法はGHQの国體破壊の目論見が反映され、歴史的な国家としての継続された「祭祀」に関する天皇の役割を否定してた。

 天皇の「国事行為」については、首相の任命、憲法改正や法律の公布、外国大使らの接受等を定めているが「公的行為」は明文化されていない。

 これ即ち、未だ占領政策の一つである「神道指令」の呪縛が解除されずにいる証左である。だが、悲しい哉、安倍を始め保守派からは第9条ばかりでこうした国體や皇統の意味を論じられることはない。

 正統の保守であれば国防とは領土の防衛だけではなく、こうした「それが無くなってしまえば日本ではなくなることを死守する」ことに在る。畢竟、それは皇統を死守することこそ真の国防なのだ。

 皇統断絶勢力に与する宮内庁は、陛下の御負担の軽減というまやかしの大義名分を振り翳し、重要な祭事である「暁の儀」などの祭祀の取り止めや代拝や拝礼のみという簡素化を謀っている。

 大嘗祭や皇位継承に伴う儀式の簡素化こそ現憲法護持を規定化するものでしかない。畏れ多くも天皇は憲法以前の御存在であらせられる。

 陛下の高齢や体調を慮った様な世論誘導による「退位」が謀られ、それが神武肇国から続く万世一系の皇統の悪しき前例となりつつある。平成の世の共産主義者らの策謀に因って断絶の危機の序章となっていることを赦してはならない。

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cordial8317 at 06:11│Comments(0)

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