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2018年11月18日

歯舞群島と色丹島の二島返還は更なる譲歩を生むだろう

 ロシアとの平和条約交渉が水面下で進んでいる。歯舞群島と色丹島の二島返還を先行し国後島と択捉島は条約締結で決着を図るという。

「戻るなら二島返還でも」という声は多いが、北方領土問題は我が国の軟弱外交の象徴であり、二島先行返還論はロシア外交に屈した結果でもある。

 北方領土は「日露和親条約」並び「樺太・千島交換条約」締結により、歯舞、色丹、国後、択捉の四島を含む、北は占守(シュムシュ)島から得撫(ウルップ)島の全千島列島と南樺太が我が国固有の領土となった。

 先人達の外交努力を無視し、全千島と南樺太の主権が在るにも拘らず四島のみ、然も二島返還とは何事か。二島先行返還後、国後島と択捉島は確実に戻るとも思えない。安易な譲歩は未来に禍根を残し、更なる譲歩を生むだろう。

 安政元年(1855年)2月7日、江戸幕府は下田で「日露和親条約」が締結され、四島と千島の間に境界線が引かれ、樺太を混住の地と決めた。

 その後、明治新政府は、明治8年(1875年)5月7日にロシアと「樺太・千島交換条約」を交わし、南樺太と全千島が日本に帰属した。

 プーチン大統領は「米軍基地を置かないという約束」を要求したという。これが事実ならば北方領土問題はかなり進んでいると見ていいだろう。

 だが、抑々、平和条約というのは如何だろう。中華人民共和国や韓国と平和条約や基本条約を締結しているが両国とは戦争はしていない。

 安倍首相は「我々の世代で解決を図る」という意思は認めるが、平和条約締結には領土問題を含め終戦間際の蛮行と国際条約の蹂躙を謝罪させなくてはならない。

 ロシアが引き継いだ旧ソ連は、終戦間近に中立条約を破棄して一方的に侵略行為や蛮行を繰り返し、その蛮行は筆舌に尽くし難い。

 昭和20年8月15日、終戦の詔勅が発せられ武装解除が進められた。だが、18日の早暁午前1時頃、千島列島最北端の占守島の日本軍に対しソ連軍が奇襲上陸。

 武装解除準備を始めていた守備隊は武装を整え直し、ソ連に対して自衛戦闘を開始した。占守島での戦闘は日本軍の死傷者約600名、ソ連軍の死傷者約3000名に及んだ。日本軍の圧倒的勝利の中で、8月21日に武装解除に応じ戦闘が終結。

 日本軍が武装解除を終えたのは3日後の24日だった。 この戦いによりソ連軍の千島列島の占領は遅滞され、その間に米軍の北海道進駐が完了した。

 米軍の北海道駐留に拠り、ドイツや朝鮮半島の様な北海道の分割統治は避けられた。そういう意味でも「占守島の戦い」は大きな意義があったのだ。

 この後、占守島で自衛戦闘を戦った日本軍の兵士のみならず、中千島や南千島に駐留していた兵士全てがシベリアに強制連行されることとなった。

 理不尽な終戦後の戦争を勇敢に戦った兵士達は、こうした理不尽な仕打ちさえも我が国が受諾した無条件降伏の無条件の内だと信じて、飢えも寒さも、その結果としての知れ切った死すらも潔く受容した。

 ソ連は、その他の地域からも軍人、軍属、そして一般人を含む80万人以上をシベリアへ強制連行し不当に抑留し、実にこの半数以上の同胞が酷寒の地で凍死や餓死で亡くなられている。

 シベリヤに抑留された日本人同胞は、国内では一般には約60万人と言われているが、この数字は軍属だけの数字で、民間人を含めると更に多く、ロシアの資料では約70万人、米国の資料では約90万人とされている。

 シベリア抑留で亡くなられた日本人同胞は実際にどれ程に上るのか、平和条約の締結を図るなら正式な被害者数を調査し発表するべきだ。

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cordial8317 at 08:00│Comments(0)

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