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2018年10月30日

「教育勅語」を奉読し日本人としての自覚を再確認しよう!

 明治23(1890)年10月30日、畏くも明治天皇は我が国の教育の指針とするべく、山縣有朋内閣総理大臣並びに芳川顕正文部大臣に対し「教育ニ関スル勅語」下賜し、我が国教育の指導原理となる教育勅語が渙発された。

 然し、大東亜戦争で敗戦後、占領下だった1948年(昭和23年)6月19日に国会の決議により教育勅語は廃止され、GHQに因り内務省所轄だった教育の在り方が抜本的に改革され「教育委員会」制度が導入された。

 教育委員会制度は、抑々、米国がその占領政策の一環として導入したものであり、現今の教育の荒廃、教育制度の在り方を見れば戦後の教育が間違っていたのは明らかで、教育委員会は即時廃止するのが日本教育再生の道である。

 米国は「戦前の日本の軍国主義が日本の中央集権的教育制度を齎し、それが結果戦争に繋がった」と結論付けているが、詭弁以外の何ものでもない。

 こうした愚にも付かない理由から、我が国の学校教育を内務省の中央集権的統制から解き放ち、その管理を地域住民の代表により構成される合議制の「教育委員会」の下に置こうと画策し、それらの実行を謀った。

「教育委員会」のモデルとなったものが、米国の教育委員会制度である。これは米国の開拓時代の占領統治の思惑から生まれたもので、日本の統治も同様に、占領によって米国の意のままに置こうというのが狙いであったのだ。

 我が国の歴史・伝統・文化を否定し、国旗・国歌反対を叫び、皇室と国體破壊を目指す日教組や全教は国内最大の癌であるが、戦後の教育荒廃の元凶こそが米国の意のままに民主教育行政を司った教育委員会であり文科省である。

 米国が実行した「戦後民主主義教育」は米国側の思惑以上に大きな成果を齎し続けている。戦後教育の誤りを見直さない限り教育の正常化はない。

 安倍は前政権時代「教育基本法」の改正を行い、米国時代の悪しき教育制度からの脱却を目指した。このこと自体は間違ってはいないが、ならばその教育改革の総仕上げとして教育委員会制度の廃止を急ぐべきであろう。

 旧態依然の我が国の教育制度を文科省に一任しところで仲間同士を庇い合って頓挫するのは目に見えている。文科省も教育委員会も日教組も全教も言うなれば一蓮托生であり、教育荒廃の腐った肥溜めなのだ。

 占領時代の陋習である教育委員会制度の廃止なくして教育改革はあり得ず、占領下に廃止された「教育勅語」を復活し教育の指針と成し教育の再生を図ることは、我が国の教育を正し日本民族の精神を取り戻す上でも重要なことだ。

 教育勅語には次の12の徳目が記されている。

 1.親に孝養を尽くしましょう(孝行)
 2.兄弟・姉妹は仲良くしましょう(友愛)
 3.夫婦はいつも仲睦まじくしましょう(夫婦の和)
 4.友だちはお互いに信じ合って付き合いましょう(朋友の信)
 5.自分の言動を慎みましょう(謙遜)
 6.広く全ての人に愛の手を差し伸べましょう(博愛)
 7.勉学に励み職業を身に付けましょう(修業習学)
 8.知識を養い才能を伸ばしましょう(知能啓発)
 9.人格の向上に努めましょう(徳器成就)
 10.広く世の人々や社会の為になる仕事に励みましょう(公益世務)
 11.法律や規則を守り社会の秩序に従いましょう(遵法)
 12.正しい勇気をもって国の為に真心を尽くしましょう(義勇)

 教育勅語を諳んじられたところで意味は無い。道徳教育で大事なものは幼年期の「躾」であり、道徳というものを概念的や論理的に捉えようとするのではなく、学んだことを如何に実践するか、如何に行動で表せるかが大事である。

 信仰や宗教でもそうだが「道」というものは日常の実践であり、特別に意識するのではなく、日常を過ごしながら身に付き、行動に現れてくるものなのだ。

 道徳教育の根本は、明治天皇の恩徳により渙発された「教育勅語」に示されている通り、日本人としての「忠孝の道」を確立することに在る。

 拙ブログの冒頭には、昭和天皇に論語の漢籍の進講をされたこともある戦前の日本を代表する倫理哲学者・哲学者・西晋一郎の次の言葉を記している。

「我が民族の将来と国家の前途を思うは人間の最も真剣なる感情であり、君国に忠、親に孝なるは最も現実なる道徳である。之を離れては人類愛も世界的正義も空想に過ぎない」

 要するに「君国に忠、親に孝」これを離れては、人類愛も平和主義も憲法論議も空理空論どころか、空想に過ぎないということだ。

 我が国は、2778年以上の歴史が続く君主国家であり、そして神武肇国の理念は「八紘を掩(おおいて)一宇と成す」という家族国家の形成に在る。

 日本を再生するということは日本が欧米の様な国になることではない。日本再生とはその原点である日本の背骨を取り戻すということである。

 その背骨とは何かといえば、日本人として生きて行く上で大切なものは国への忠誠心と親への孝養であり「君国に忠、親に孝」ということに尽きる。

 つまり、我が国は天皇を戴き(君)、全ての日本人が、陛下の下に一つの家族となって(忠)、先祖代々続く日本人としての血統を重んじ(親)、父祖に恥じない生き方を実現する(孝)、ということである。

 本日10月30日の教育勅語渙発の日に当たり、教育勅語を声高らかに奉読し、日本人としての自覚を再確認しようではないか。

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cordial8317 at 09:37│Comments(0)

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