「一旦緩急アレバ義勇公二奉ジ」を論う左翼らの敗戦コンプレックス「終戦の詔勅奉戴日こそが御親拝に最も相応しい日である」だとさ(苦笑)

2018年10月08日

教育勅語の否定は敗戦コンプレックスと戦後民主主義教育の踏襲

 最近の地元紙は赤旗と間違えんばかりの左翼の論評のオンパレード。読者投稿欄には「オール沖縄」を称え、知事選の結果を尊重しろといい沖縄の経済疲弊は政府に在るという。そして極めつけは「日曜論壇」というトンデモコラム。

 福島民報新聞のコラム「日曜論壇」は左翼人士が己の妄想を垂れ流し読者を誑かす。今回は国立歴史民俗博物館名誉教授の左翼活動家のばあさん。

 柴山文科大臣は左翼記者からの質問に答えただけで、自ら率先して教育勅語を教育現場に持ち込もうと述べたものではない。そうした趣旨を曲解し、記者との都合の好い部分を切り貼りして我田引水的に論っている。

「私たちは小学校で教育勅語を暗記させられ、君(天皇)や国の為に喜んで命を捧げる様に教育された経験を持つ」という。教育勅語は正に国民をマインド・コントロールした最大の道具だったと語る。

 このばあさん、教育勅語を暗記させられたという。だが、教育勅語が渙発されてのは明治23年10月30日。大東亜戦争前に創り上げたものではない。

 明治維新で「日本国」が出来た。日本の成り立ちを思い致し、これからの日本人はこういう生き方をしていこうという決意でもある。「朕爾臣民ト共二拳拳服膺シ」と在る様に、天皇自ら率先垂範したことでもある。

 何故に「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ」ばかりが強調され「戦争に繋がった危険思想」と否定され、先の大戦を罵るのか。

 日清戦争は教育勅語渙発後の明治27年、日露戦争も明治37年と教育勅語の渙発後に起こったことだ。つまり、教育勅語が戦争を引き起こし、国民を巻き込んで惨禍を齎した元凶であるとの認識は矛盾する。

「父母二孝二兄弟二友二夫婦相和シ朋友相信シ」を否定し、「一旦緩急アレバ義勇公二奉ジ」の部分ばかりを論っているが、要は敗戦コンプレックスからの妄想であり、未だに米国が謀った戦後民主教育の洗脳状態に在る。

 左翼や共産党シンパというのは、口では反米や反基地を唱えながら憲法や民主主義教育など都合の好い部分は米国を利用する。正に珍左翼(笑)

「私たちは小学校で教育勅語を暗記させられ、君(天皇)や国の為に喜んで命を捧げる様に教育された」というが、ならば天皇や国の為に命を捧げたという英霊に対して感謝の言葉を捧げたことはあるのか。

 国家の危機の要請に応じ、敢然と戦場に赴いて戦い散って逝った英霊に対し感謝の誠を捧げることは思想信条抜きに何処の国でも国民でも当然のことだ。

 教育勅語も靖國神社も同列に準え、己らだけが先の大戦の犠牲者の如く振る舞い「軍国主義の復活」などと訴えているが、そんな米国価値観に応えた偏狭な妄想の押し付けを日本人として恥ずかしいと思わないか。

 世界のどんな国も「英霊」には最大の名誉が与えられている。例えば、米国歴代大統領は、アーリントン国立墓地に於いて、「負けた戦争」であるベトナム戦争をも取り上げてその英雄的な精神を賞賛する。

 ところが皮肉なことに、我が国は先の大戦を負の遺産と考え、国の礎となった英霊の方々は国家から顧みられることが少ない。このことがどれだけ国民精神の頽廃を招いているのか、政治指導者やマスコミは考えたことがあるだろうか。

 愛国心の欠落、その結果としての国防意識の低下、日本人としての誇りや自信の喪失、子殺しや親殺し、等々、日本の社会に蔓延する問題の全てはそうした英霊への軽々しい扱いに起因していると言っても過言ではない。

 九段の靖國の社に眠る神々は、我々が忘れがちな公の精神の体現者である。自分の欲望を追求するだけの身勝手が蔓延りがちな社会で、その対極にあって国家そして我々の為に命を捧げた方々が神となって鎮まり給うのである。

 教育勅語を信じるのも否定するのも思想信条の自由だが、左翼人士らの被害妄想的主張にはうんざりする。先の大戦にしても功罪や成否はあるだろうが、何時までも被害者ヅラして負の部分だけを論っていては国民から支持は得られまい。

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cordial8317 at 07:40│Comments(0)

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