歴史というのは往往にして国家や時の政府の都合の好い様に改竄される相変わらずマスコミは安倍3選より「石破善戦」でアゲアゲだな(苦笑)

2018年09月19日

自民党総裁候補者・石破茂の大衆迎合主義と歴史認識を嗤う

 その昔は、政治倫理の確立や憲法論や防衛問題を理路整然と語る新進気鋭の政治家だった石破茂を買っていた。それだけに自民党を離党して各党を渡り歩き自民党に復党した石破を「可愛さ余って憎さ百倍」ではないが、言うこと成すこと、その立ち居振る舞い、人となり、人相まで嫌いになってきた(笑)

 そんな石破が祭日で混む銀座で街頭演説した。相変わらず諄く尤もらしい言いっぷりに思わず「そうなのか」と頷いてしまうが、具体的には何も語らない。如何にも今の安倍政権ではダメだという言い回しで大衆を誑かす。

「今、年収が180万円に満たない世帯が930万ある」と、ここまでは好い。だが『年収930万でどうして結婚ができる?どうして子どもが作れる?』」と畳み掛ける。自己満足してる故に自分の言い間違いにも気付いていない。こをネットで「そんなにあったら十分可能」だろと突っ込まれる。

 更に、先日亡くなった女優の樹木希林を利用しようと、低所得者を映画「万引き家族」に準えて「万引きしないと暮らしていけない。その人たちが働ける環境を作っていかないといけない」とアピールし、悦に入る。

 万引きで暮らしてるのは窃盗の常習犯くらいなもので、そんな家族は刑務所に行けばわんさといる。「働きたくても働けない」というのは単なる言い訳であり、そんな世帯を保護してくれるなら愚生も適用対象だろう(爆笑)

 働けるのに働かず万引で暮らそうという考え方が悪い。「万引しないと暮らせない家族」とはどういうことか。暮らせないのは自業自得、因果応報だが、そんな生活も「乞食の朝謡」とも言う様に気楽な生き方とも言えなくもない。

 被害者は万引き家族ではなく、窃盗に遭った被害者であり、正に石破の演説は、死んだ女優の映画さえをも政治に利用しようという大衆迎合主義そのもの。

 政治が国民目線に立った時というの、必ず国が滅ぶというのは世の常である。何故なら、国民の判断力は古今東西常に低く、その意見というのもその時代の風潮に流され、大衆に流され、実に幼稚で気紛れなものだからだ。

 政治とは国家観を重んじながら、国民目線とかけ離れた歴史観、人間観、世界観、時には高度な権謀術数を必要とするものなのだ。然し乍ら、石破には国家観や歴史観に乏しく、在るのは小沢に倣った権謀術数くらいなもの。

 いつの世も大衆の多くは無知で愚かであり、実に操縦し易く、そういう認識故に世論に媚びた言い回しで国民を取り込もうとする石破というのは旧態依然の政治家であり、その政治姿勢と戦後民主主義を多くの国民が胡散臭く感じている。

 77年前の昭和6(1931)年9月18日、柳条湖事変が勃発。「これが引き金となり日本は大陸への侵略を拡大させ、無謀な戦争に因ってアジアを中心とする諸国に多くの被害と損害を与えた」というのが我が国の歴史的認識である。

 だが、柳条湖事変に至るまでの中村大尉殺害、万宝山事件と呼ばれる朝鮮人農民と支那人農民の衝突事件の他、日本人に対する無数のテロ事件があったことを無視してはならない。正に第二次世界大戦前の我が国はテロとの戦いだった。

 昭和12(1937)年7月7日、盧溝橋事件から始まった「支那事変」も、盧溝橋で日本軍を攻撃してきたのは中国共産党の方だったというのは今や歴史的事実であり、我が国は「北京議定書」に基き在留邦人保護の為に軍隊を支那本土に駐屯させていただけであって、こうしたことは「侵略」とは言わない。

 盧溝橋での一発の発砲が、何故に大事件に繋がったのか。それには、それまでの無数のテロ事件と通州事件、大山中尉殺害事件を知らずしては語れまい。

 中でも、盧溝橋事件の約3週間後の7月29日未明に起こった通州事件では日本人が極めて残虐な方法で殺されており、日本が憤激するのは当然のことだった。

 石破は、第二次世界大戦を侵略戦争だと断じ「西欧列強も侵略国家ではありましたが、日本も『遅れて来た侵略国家』である」という認識を持っている。

 第二次世界大戦について、歴史家の多くは1939年9月1日のドイツのポーランド侵攻が始まりだとしている。また、1939年8月13日の上海での中国軍の因る日本海軍への全面戦争こそが第二次世界大戦の始まりだとする歴史家もいる。

 この中国軍と日本海軍との戦争と「満州事変」や「支那事変(日中戦争)」は明確に別な戦争であり、所謂「十五年戦争」と一線を画して論ずるべきであるが、何故か石破にしろ日本の歴史家共は上海での戦争を語らない。

 1936年以来、中国側は「抗日全面戦争」への意思が明確だった。他方、日本側は一貫して「不拡大方針」を堅持していたのはよく知られている。

 国際条約上の権利の下に上海に駐留していた僅か2500人の日本軍の海軍特別陸戦隊に対し、約10万人(12万人という説もある)以上の中国軍に因る攻撃に因って戦争が開始された日が「第二次世界大戦の始まり」とする主張の方が、歴史的に見ても正鵠を射ている様に思う。

 石破は中国軍の策謀には目を瞑り「侵略戦争は怪しからんけし、この侵略戦争の責任はA級戦犯に在り、その戦犯が祀られている靖國神社に参拝なんぞしない」という悍ましい歴史認識の持ち主で在り、侵略国家として未来永劫、相手国(中朝韓)が納得するまで謝罪していろという政治スタンスを採っている。

 石破は戦後の歴史教育を疑いもなく信じ、それを政治信条の主体としている故に国家観が乏しいのだ。こういう政治家が保守を自任すべき自民党に存在していることが戦後政治の象徴でもあるのだ。

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cordial8317 at 07:02│Comments(0)

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