「みなさん、これが最後です。さようなら、さようなら(氷雪の門)」平成の大嘗祭の先例化を懸念(小林忍元侍従)

2018年08月23日

昭和天皇への戦争責任云々は日本人としての幼稚さを示す典型的な戯言

 地元紙の一面に、昭和天皇の侍従の日記を基に、昭和天皇85歳の時に「戦争責任言われ辛い」という心情を吐露したという記事が載っている。

 申す迄もなく、天皇陛下の御言葉というものはその影響するところは極めて大であり、正に「綸言汗の如し」。一度発せられた言葉は取り消し難い。過去の陛下の言葉を論って政治問題化しようという魂胆が見え隠れする。

 陛下と侍従の関係に於いて互いの信頼に於いて心情を吐露することもあるだろう。それを今になって公表することに違和感を覚える。

 陛下の御立場上、反論することは不可能であり、一方的に発せられる言葉が陛下の心情の吐露とされるのは如何なものだろう。

 案の定、歴史探偵を自任するインチキ歴史家であり歴史作家の半藤一利が「昭和天皇の心の中には、最後まで戦争責任があったのだと伺わせる」と頓珍漢なコメントを発表しているが、今後、この侍従の日記が政治利用されて行くだろう。

 未だ国内では先帝陛下に対して「戦争責任」などとの戯言を垂れ流す日本人らしからぬ輩が存在するのは大東亜戦争の歴史を知らない故のこと。

 昭和50年、当時の宇佐美宮内庁長官は内外の記者団と陛下の公式記者会見を取り計らった。案の定、記者から所謂戦争責任についての質問が発せられた。

 陛下は戦没者追悼式に於いて「私は胸が痛むのを覚える」と述べられているが、何故に戦争責任をこういう席で問うのか。更に海千山千の記者らは広島・長崎への原爆投下に対する御認識を問う質問を続けた。

 陛下は「遺憾だが、戦争中でもあり已む得なかった」と御答えになったが、極めて適切妥当な御判断と考えられる。

 前代未聞の記者会見はテレビを前にした吊し上げであり、言葉尻を捉えて戦争責任を取らせようという魂胆が見え見えであり、こうした会見が未だ継続されているが宮内庁長官らこそ天皇廃止運動に与する獅子身中の虫である。

 欽定明治憲法下では国務は国務大臣、統帥は参謀総長及び軍令部長が陛下を輔弼しその責に任ずることになっており陛下には法的に責任は無い。

 しかし乍ら、道義的に最も責任を痛感されたのは昭和天皇であり、先帝陛下は陛下という御地位、御立場と崇高な御人格がそれを許すことはない。

 大東亜戦争終結に関する詔勅に於いて「帝国臣民ニシテ戦陣ニ死シ職域ニ殉シ非命ニ斃レタル者及其ノ遺族ニ想ヲ致セハ五内為ニ裂ク 且戦傷ヲ負ヒ災禍ヲ蒙リ家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ 朕ノ深ク軫念スル所ナリ」と仰せられた通り、自ら身を苛まれたのは陛下御自身なのである。

「天皇戦争責任論」は、1932年にソ連共産党から日本共産党へ通達された「コミュンテルンテーゼ(命令書)」の指令による影響が大きい。

「命令書」には、所謂「天皇制廃止運動」として昭和時代の「戦争責任・退位論」に始まり、次いで「開かれた皇室論」と「敬称・敬語不使用運動」が記されてあり、それを忠実に実行しているに過ぎない。

 この新聞記事を見ても分かる様に、未だ昭和天皇の戦争責任を問う声があるというのは天皇廃止運動が継続されているという証左であるが、自らの国の歴史を知らない故にこういう戯言が罷り通る。日本人の幼稚さを示す一例であろう。

 戦争犯罪人は昭和天皇でもなければ大日本帝国憲法や統帥権でもなく、況して軍部でもなければ当時の軍国主義でもない。

 真の戦争犯罪人は近衛文麿と尾崎秀美らそのブレーン達、即ち日本国内で蠢いていた共産主義者らであり、マルクス・レーニン主義思想が昭和の悲劇を生んだということは今や歴史的事実である。

 大東亜戦争とは、ソ連コミンテルンと中国共産党、そして日本国内の共産主義者が仕組んだ共産革命の実現の為の争いであり、そのマルクス・レーニン主義者の策謀に当時の日本全体がまんまと嵌ってしまった愚かな戦争とも言えるのだ。

 天皇陛下の退位特例法案然り、「女性宮家問題」や女性天皇など共産主義者が謀る天皇廃止運動は国民が気付かない儘に巧妙に実行されている。

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cordial8317 at 07:32│Comments(0)

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