地元紙・福島民報新聞のコラム「日曜論壇」に登場するのは左翼人士ばかりなり(嗤)保守を自任する自民党内に於いて保守票目当てに行動する保守系議員

2018年08月06日

原爆投下は人種偏見や日本人蔑視以外に合理的根拠は見つからない

 8月6日、午前8時15分、米軍は広島市に核兵器「リトルボーイ」を投下し、一瞬にして14万人以上の無辜の民を虐殺した。米国はそれでも厭き足らず、3日後の9日午前11時02分、長崎に「ファットマン」を投下した。

「原爆投下が大東亜戦争の終結を早めた」という人がいるが事実はそうではない。 我が国は終戦の機を窺っていたのは間違いない。

 ポツダム宣言の原案には「天皇」存続の保証が盛り込まれていた。米国は日本政府が「日ソ中立条約」を拠り所に和平を模索していることを知っており「天皇存続」を保障する案なら受け入れる可能性が極めて高いと考えていた。

 ところが反日的なスチムソン陸軍長官やハル元国務長官から助言されたバーンズ国務長官はこの項目をポツダム会議直前で削除してしまう。

 即ちポツダム宣言は、天皇存続の当初の原案とは違い、我が国が極めて受け容れ難い内容に変更されていたのである。

 そうした事情をよく認識していたトルーマン大統領は、ポツダム宣言発表前日(7月25日)に自らの日記に「この兵器(原爆)は、今から8月10日迄の間に使用されることになる」と綴っている。つまり、ポツダム宣言を日本側が受け入れることを知りながら敢えて懲らしめ的に原爆を投下したということだ。

 未だ国内に蔓延する「日本政府がポツダム宣言を黙殺したから原爆が投下された」との理由が真っ赤な嘘であることはこの日記が明瞭に証明している。

 抑々、原爆を日本に投下することになった背景には黄禍論に見られる様に日本人への偏見と差別が根強く在ったからに他ならない。

 米国が原爆投下を決定したのは1943(昭和18)年5月のことで、原爆搭載機を対日戦用のB-29を選んだ。翌年9月の米英間の秘密覚書「ハイド・パーク協定」にも「原爆は日本に対して使用されるであろう」と明記されている。

 こんな不可思議な決定は人種偏見や日本人蔑視以外に合理的根拠は見つからない。更には、原爆投下後の米軍の広島・長崎で執った「放射能治療方法交流禁止」や「被爆者カルテ没収」など、目に余る人権蹂躪行為を見ると「人体実験」否「動物実験」としての原爆投下だったのではとすら思えてくる。

 トルーマンの日記には「ジャップどもは野蛮人で、冷酷、無慈悲且つ狂信的な連中だ」との差別表記も羅列されている。だが、野蛮で冷酷非道なのは米国であり、未だに米国の歪な正義感を世界にバラ撒き続けている。

 昭和34(1959)年、来日中だったキューバのエルネスト・チェ・ゲバラは広島視察を強行し、原爆資料館で「君たち日本人は、アメリカにこれほど残虐な目に遭わされて、腹が立たないのか!?」と述べている。これが素直な感情だろう。

 悲しい哉、自虐史観から覚醒しない日本人は、GHQの統治下に押し付けられた米国製の憲法を有り難がり、憲法九条が平和を齎したと勘違いし、或いは米国が実験的に謀った様々な弱体化政策に疑問を抱くことなく、未だ日本人蔑視が蔓延る米国に領土防衛という国家の大本を委ねてまやかしの平和を謳歌している。

 そんな日本人が「真の平和は、自らが創り出さなくてはならない」という主権国家として当たり前の事に気付くのはいつのことだろう。本日ここに、原爆投下で犠牲になられた全ての方々に対し衷心より哀悼の意を表します。合掌。

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cordial8317 at 06:58│Comments(0)

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