「大聖寺盆施餓鬼並びに新盆供養会のご案内」という胡散臭げな新聞広告「敗戦は必定なれど三春に倣うべからず」(二本松藩家老・丹羽一学)

2018年07月24日

朝河貫一博士が持て囃されているが

 二本松出身の朝河貫一博士が持て囃されている。別に同郷の学聖を貶す訳ではないが、朝河博士が唱えた平和主義は米国の国益を優先した平和主義であり、敗戦後の日本における蔓延してる戦後民主主義と同じ価値観である。

 県立図書館では「海を渡ったサムライ‐朝河貫一没後70年記念展」が開かれており、昨日も郡山市で「朝河貫一博士からのメッセージ」が催された。

 幼少期から勉学に励み、早稲田大学を経て米国の大学に学んだ向学心は認めるが、その正義感は多感な時期に形成される幼稚な正義感でもある。

 朝河博士の歴史認識、取り分け明治維新後の近代史に着目すれば、日露戦争から大東亜戦争に至るまで当時の日本の外交や軍国主義の台頭を批判している。

 これをしても、朝河博士の平和主義は日本人としての思いというより、米国の国益に適った米国の戦いを正当化するものでしかない。

 米国内では日本人を好戦的人種であるとして「黄禍論」を煽り、軍閥の独断専行であると批判しているが、朝河博士の主張もこれと同類である。

「日米開戦回避に奔走した」というが、朝河博士の主張は我が民族の精神と恒久的平和主義を根底から否定することから始まっており、要は、戦争回避が不可能というのを見越した上での在米日本人の言い訳でしかない。

 天皇陛下への親書が戦争回避に繋がると思っていたとしたら実に御粗末な話だ。欽定明治憲法下に於いては、国務は国務大臣、統帥は参謀総長及び軍令部長が陛下を輔弼し、その責に任ずることになっている。

 陛下には、法的な責任も戦争回避を決断する御立場にはあらせられない。だが、逆の見方をすれば、戦争を実行したのは昭和天皇という考えているのだろう。戦後の共産主義者らが謀った「昭和天皇戦争責任論」と同じである。

 戦争回避を実現したかったというのが朝河博士の真意ならば、昭和天皇ではなく、当時のルーズベルト大統領を筆頭に米国名に横溢していた日本と日本人への偏見を糺すことこそすべきだったのではあるまいか。

 大東亜戦争前、国会に於いて戦争回避の演説を行い、対米戦争は間違いであると批判したのは大日本愛国党総裁の赤尾敏唯一人だった。

 右翼は好戦家だと言われるが、その実は共産主義者こそが好戦家なのである。先の大戦も戦争犯罪人は大日本帝国憲法でもなく、統帥権でもなく、況して軍部でもなければ日本の軍国主義でもない。

 先の大戦に於ける真の戦争犯罪人は近衛文麿と尾崎秀美らそのブレーン達、即ち日本国内で蠢いていた共産主義者らであり、マルクス・レーニン主義という悪魔の思想が昭和の悲劇を生んだということは今や歴史的事実である。

 多くの戦死者、戦災者を出し、日本の資産の大部分を失った大東亜戦争とは、ソ連コミンテルンと中国共産党、そして日本国内の共産主義者が仕組んだ共産革命の実現の為の争いであったが、支那事変や満州事変を断じた朝河博士も同列である。

 朝河博士が平和主義者なら、批判すべきだったのは十五世紀の大航海時代以来の、白人による世界制覇と人種差別と植民地支配であり、開戦の決断に至る「ハル・ノート」であり、敗戦後の米国が行った様々な不正義と不条理であった。

 朝河博士の理念は我が国の歴史の否定あり、戦後の米国が押し付けた戦後民主主義教育と同じである。ここに来て朝河博士が持て囃されるのも、未だ我が国が米国の価値観とまやかしの平和主義から目醒めていない証左でもある。

 米国の平和主義は傲岸不遜な不正義でもある。そうした米国の国益を重んじた朝河博士が、平和主義者というのはチト持ち上げ過ぎだろう。朝河博士も余りの持ち上げぶりに草葉の陰で赤面してるのではあるまいか。呵呵大笑。

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cordial8317 at 07:18│Comments(0)

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