今や誰もが使っている「協働」という言葉だが・・・昭和30年11月15日、日本民主党と自由党の合併により「自由民主党」が誕生

2021年11月15日

金大中拉致事件後に北朝鮮が次々と拉致を実行したのは何故か

 横田めぐみさんが下校途中に北朝鮮工作員に拉致されてから44年が経つ。こうした不条理が何故に放置されてしまったのか、その責任は我々の無関心が大きい。

 横田めぐみさんが拉致されたのは、「金大中拉致事件」から4年後の昭和52(1977)年11月15日未明のことだった。金大中事件と日本人拉致は無関係ではない。

「金大中事件」とは、1973(昭和48)年8月8日、大韓民国の民主活動家で、後に韓国第15代大統領となる金大中が、韓国中央情報部 (KCIA) により日本の東京都千代田区のホテルグランドパレス2212号室から拉致されて、船で連れ去られソウルで軟禁状態に置かれた5日後にソウル市内の自宅前で発見された事件である。

 横田めぐみさんに続き、田口八重子さん昭和53(1978)年6月。地村保志さん、濱本富貴惠さん同年7月。蓮池薫さん、奥土祐木子同年7月。市川修一さん、増元るみ子さん同年8月と、日本人が北朝鮮工作員に次々と拉致されることとなった。

 こうした日本人拉致の背景には、韓国要人である金大中が日本国内から拉致されたという主権侵害及び犯罪行為にも拘らず、日本政府が拱手傍観を極め込むどころか、首相であった角栄が拉致そのものを容認し、その見返りとして金銭を授受していたことも見逃せない。この田中の対応が拉致事件の要因になったと考えられる。

 横田めぐみさんが、角栄の故郷である新潟から拉致されたことは偶然だとは思えない。北朝鮮の実行犯らは、拉致が国家に対する主権侵害でありながら政治的決着を謀った事の推移を知った上で敢えて日本人を狙ったのではあるまいか。

 金大中拉致事件後の1973年11月2日、田中角栄首相と金鍾泌首相(当時)との会談で、日韓両政府が両国関係に配慮した政治決着で穏便に事を済ませようとしていたことが、近年の外務省保管の機密文書の公開で明らかになっている。

 あろうことか、角栄は朴大統領側から政治決着の見返りとして金銭を授受している。現金授受の場に同席した木村博保元新潟県議が「少なくとも現金4億円を受け取っていた」と証言していることでも、金銭授受があったのは明らかだろう。

 バカ娘の真紀子は、事前に角栄は「殺人をしないことを条件に、金大中を拉致することを了承済であった」と驚くべき証言をしている。KCIAは在日ヤクザに金の暗殺を依頼していたが、田中の意向を汲んで暗殺を取り止め拉致を実行した。

 真紀子は、故土井たか子や福島瑞穂、辻本清美らと同じく日本人拉致事件を否定し続けていた一人だが、父親が金大中拉致を容認したことを知っていた真紀子が頭脳明晰ならば日本人拉致が北朝鮮の工作員に因るものだと気付くだろう。

 尤も、真紀子は「拉致の問題を解決しなければならないなんて、そんなこと、余計なこと言えるか、森友問題、加計問題やったらイイじゃないですか」と、拉致問題に取り組む安倍を批判していることでも頭脳明晰どころかキチガイそのもの。

 抑々、自民党が野党に転落し、真紀子が外相に就く。北朝鮮の金正男が日本に密入国した際に、拉致問題なんぞ眼中にない真紀子は直ぐに送還してしまった。

 送還せず、拉致交渉の駆け引きとして密入国で逮捕した上で、毅然と対処していたら拉致問題は今とは違う展開が図られていただろうに返す返すも残念至極。

 旧社会党や真紀子を始めとした拉致否定派というのは、拉致事件は国家に対する主権侵害であるという認識が決定的に欠落してるからに他ならない。

 拉致問題が未だ解決の糸口さえも見つからないのは一体何故なのか。思うに、拉致が国家に対する主権侵害であるという重要性に対する認識不足と、何故に拉致されたのか、事件に至るまでの真相把握の欠如。つまり、日本人同胞が外国人工作員に因って拉致されたという認識が決定的に欠如しているからと断じて好かろう。

 愚生の身内にも行方不明者がいる。佐久間則房という従兄弟だが、故郷の岩代町(現二本松市)小浜から上京し北千住に住んでいた際に消息が分からなった。

 以前、公安に調べて貰ったことがある。免許の更新もせず、その昔は建造物侵入罪で検挙されたことがあるというがその後の足取りは掴めなかった。建造物侵入罪で検挙されたのは、左翼に傾倒していた時期もありそれと関係しているのかと思う。

 行方不明になる前に故郷小浜に戻った従兄弟は、愚生の母親と会って「北朝鮮でカネになる仕事が見つかったから行ってくる」と語ったという。母が訝しく「何の仕事なの?」と聞くと「死体を洗う仕事です」と答えたそうだ。

 従兄弟の場合は拉致とは違うが、拉致実行犯の辛光洙は職業斡旋という名目でも日本人を騙して北朝鮮へ送り込んでおり、従兄弟もその手口に乗ってしまったのではないだろうか。こうしたケースと同じ被害者は他にもいると思う。

 従兄弟も生きていれば70歳を疾うに超している。急転直下拉致問題が解決されることを切に望んでいる。従兄弟が拉致認定されていなかった曽我ひとみさんと同じく帰国を果たし、唯一の姉弟である姉と逢わせてやりたいと願うばかり。

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cordial8317 at 07:14│Comments(0)

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