我が国を取り巻く諸問題は「日本人であることを見失った」ことに起因している戦後民主主義旺盛な親中派の石破茂が自民党総裁選に出馬する不思議

2018年06月23日

6月23日は「沖縄戦終結の日」

 本日は「沖縄戦終結の日」。昭和20年4月1日、米軍はついに沖縄に上陸する。それを牛島満中将指揮下の師団と旅団、及び大田実海軍少将指揮下の海軍部隊、棚町整海軍大佐が指揮する約7千人の航空関係員が迎え撃つ。

 更には「鉄血勤皇隊」や「ひめゆり学徒隊」に代表される少年少女など、軍は当然乍ら民間人も決死の沖縄防衛戦を展開。本土からは第二艦隊の出撃「菊水一号作戦」や桜花隊や敷島隊等の航空特攻「菊水二号作戦」を発動。人間魚雷「回天」等の決死の戦闘空しく、同年6月23日組織的沖縄戦は終結した。

 それを遡ること昭和19年10月20日、フィリピンのレイテ島に圧倒的勢力で上陸を図ろうとする米軍部隊と連合軍の沖縄への上陸と本土決戦を阻止しようと「神風特別攻撃隊」が編成される。

 神風精神は祖国愛の極致というべきもので、これこそ大東亜戦争が自存の為の祖国防衛戦争であったことの何よりの証である。

 沖縄戦に於いては特攻部隊が重要な役割を果たし、鹿屋基地(海軍航空)からの特攻で1981名、知覧基地(陸軍航空)からの特攻で1021名、合わせて3002名と特攻戦死者の実に76%が沖縄戦で尊い命を散らしている。

 特攻作戦は零戦などの航空特攻だけではなく、特殊潜航艇、回天魚雷、空挺特攻、対戦車特攻、震洋特攻艇、陸軍海上特攻など劣勢を覆す為の攻撃が行われた。この必死の特攻作戦で3972名が散華した。

 戦艦大和も沖縄戦に出撃した。彼らは全力を挙げて砲撃戦を行う予定であったのだが、出撃後の4月7日、惜しくも鹿児島沖の海に沈んだ。

 大和の船内には歯磨き粉、ブラシ50万人分、月経帯15万人分などの民生品を大量に積み込んでいたという。これはつまり、対米戦だけではなく、沖縄と沖縄の人々を必死に護ろうとした何よりの証明と云えよう。

 沖縄を始め国内では未だに「日本は沖縄を見捨てた」だとか「日本は沖縄を捨石にした」などというプロパガンダが蔓延っているが、いい加減、被害者意識を捨てて歴史の事実に目を向けたらどうだろう。

 被害者ぶったところでそこからは何も生まれない。純粋に沖縄を護る為に、国の未来の為に尊い命を捧げてくれた若き英霊に対し、今を生きる我々が被害者意識丸出しでは一体どんな顔向けが出来るというのか。

 沖縄戦で散華した大田少将は自決前「沖縄県民斯ク戦ヘリ県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」と打電した。この一文から沖縄を死守すべく先人達は戦い、力及ばず敗戦の憂き目を見るが、決して沖縄を見捨てた訳ではないのだ。

 戦後、米軍の統治下に置かれた沖縄県民の負った犠牲は気の毒だが、旧ソ連の残虐非道、鬼畜の如き蛮行により故郷を追われた北の島々の方々の想いに比べれば、占領したのが米国で未だマシだったとは思えないか。

 戦争に負けるとはそういうものであり、先の大戦は「一旦始めた戦争は決して負けてはならない」という重要な教訓を遺したと言えよう。

 政治家共は「平和を守る」と口にし、先の大戦を侵略戦争であり、間違った戦争であったと反省を口にする。先の大戦での敗戦で学んだことがそうした軽々しい反省であるなら、余りにも短絡的であり情けないことだ。

 我が国では、摩訶不思議なことに国の礎となった英霊の方々は国家から顧みられることがない。このことがどれだけ国民精神の頽廃を招いているのか、我が国の政治指導者らは考えたことがあるのか。

 国家の危機の要請に応じ、敢然と戦場に赴いて戦い散って逝った英霊に対し感謝の誠を捧げ、慰霊し顕彰することは世界の何処の国も余りにも当然なことなのだが、戦後民主主義を妄信するあまり自虐史観から抜け出せないでいる。

「平和」というものは守るものではないし、平和を口にしていれば未来永劫平和が続く訳ではない。戦争は政治や外交の延長であり、平和とは政治、外交、そして防衛と命懸けで創り出さなくてはならないものなのだ。

 我が国の平和や繁栄というものは、先人の犠牲の上で成り立っていることを今を生きる我々は決して忘れてはならない。末尾に当たり、沖縄戦で散華された英霊の御霊に感謝の誠を捧げると共に、全ての犠牲者に哀悼の意を表します。

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cordial8317 at 06:19│Comments(0)

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