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2018年06月12日

司法の正義は何処に。東京高裁、袴田さんの「再審取り消し」

 東京高裁は、昭和41(1966)年6月30日、「王こがね味噌橋本藤作商店」の専務宅が放火され、焼跡から専務と妻、次女、長男の計4人の他殺死体が発見された所謂「袴田事件」で、静岡地裁が認めた再審開始を取り消す決定をした。

 再審決定から徒に4年も費やした上に、検察や警察のメンツを慮った決定は正に不条理そのもので、司法の正義は無きに等しい。

 事件発覚から5日後の7月4日、清水警察署は工場及び二階の従業員寮を捜索し、当時、従業員で元プロボクサーの袴田巖の部屋から極微量の血痕が付着したパジャマを押収。8月18日、警察は袴田を強盗殺人、放火、窃盗容疑で逮捕した。

 事件の証拠品は、微量の血痕が付着したパジャマのみ。物的証拠が乏しい中で一審の公判中の昭和42年8月31日、何故か工場内の味噌タンクの中から麻袋に入っていた血痕の付着した衣類が発見された。

 証拠品はパジャマから一転し、この衣類が決定的な証拠となった。 パジャマの血痕、発酵する味噌タンクから発見された「5点の衣服」、そして犯行時に使用したとする切り出しナイフなど、誰が見ても不可思議な物的証拠だった。

 犯行着衣とされた「5点の衣類」に弁護側は「サイズから見て被告人の着用は不可能」と疑問を呈すも、検察は「1年間近く、味噌漬けになってサイズが縮んだ」と主張しているが、味噌タンクに漬けてて縮むことはない。

 袴田被告の実家を家宅捜査した際に犯行着衣と同じ共布を発見。これが犯行を裏付ける証拠として採用されたが、2010年9月に検察が一部開示した証拠を弁護側が検証したところ、共布発見の8日前と6日後の2度に渡り、捜査員がズボン製造元から同じ生地のサンプルを入手していたことが判明している。

 事件を担当した紅林麻雄刑事は拷問による尋問、自白の強要、懐柔、供述調書の捏造、自己の先入観による違法捜査、違法な取調べは夙に有名で、袴田さんも紅林刑事の過酷な取り調べによって自白を強要された。

「二俣事件」「幸浦事件」「小島事件」など、紅林が過去に主導した数多くの捜査でもその取調べの行き過ぎが指摘されている。

 袴田事件の自白調書全45通の内、44通を強制的・威圧的な影響下での取調べによるもの等の理由で任意性を認めず証拠から排除していることでも、紅林に因る自白の強要や違法捜査や証拠品の捏造は明らか。

 だが、高裁で衣類のDNA鑑定や証拠といった地裁判決を悉く覆しながらも、警察に因る捏造を裏付ける為の元警察官の証人申請を認めず、証拠品発見の不可解な経緯については一切言及もせずに「捏造は論理の飛躍」と一蹴している。

 再審決定に至る地裁判決の疑問点を精査することこそ大事なのに、DNA鑑定に関する有効性の否定と証人申請却下は、単に検察のメンツに与しただけ。

 DNAの鑑定を疑問視し「科学的に信用出来ない」と主張するが、この事件に疑問を抱いてる国民は当時の警察による違法捜査と捏造を問題視している。先ずは違法捜査を認めた上でDNAの鑑定の有効性を検証すべきではなかったか。

 今の時代は科学捜査が当たり前になっているが、一昔前には信じられない様な驚く鑑定が相次いだのも事実。例を挙げれば、昭和24年、弘前大学の松永藤雄教授宅で妻が何者かに咽を斬られ殺された事件が起きた。

 近所に住む那須隆という男が逮捕され、彼の着衣から血痕が見つかり、それを証拠に犯人と断定。彼は犯行を全面的に否認するも起訴される。

 自白すれば情状酌量が認められる、こうした自白の強要が冤罪を生む要因となっているのも確か。やってもいないのだから自白のしようがないないが、これを「反省も無い」と判断され情状は認められず15年の刑を務めることになった。 

 那須さんが刑期を終え釈放されて間もなく、滝谷福松という男が「弘前大学教授夫人殺害は自分だ」と名乗り出た。

 滝谷の証言によれば、教授宅はミシン修理に行って面識もあり、犯行時の詳細を供述し、紛れもなく滝谷の犯行だったことが明らかになった。那須氏は早速仙台高裁に再審請求するが、摩訶不思議なことに高裁はそれを棄却した。

 更に2年後、那須さんが再審請求すると今度はあっさり受理されて、直ぐに無罪判決が出た。真犯人が名乗り出ているのだから当たり前。当時証拠とされた着衣の血痕は鑑定で「別の人物のものだった」といけしゃあしゃあと発表した。

 証拠の信憑性の無さは誰もが判りきっていたが、何故に2年前には再審請求が却下されたのかと言えば何のことはない、捜査で血液鑑定を行った古畑種基東大教授が生きてたから。古畑教授が亡くなると再審がすんなり受理された(笑)

 要は、事件の事実解明よりも、科学捜査研究所所長も務め、文化勲章を授与された古畑教授の名誉とメンツが優先されたのだが、「袴田事件」も同じで、死刑判決という重い判断をした裁判官を庇う為だけのもので、そこに正義は無い。

 冤罪を生む元凶は捜査に携わる警察や検事の驕りや傲慢さ、過ちを文(かざ)り、屋上屋を重ねることの結果だが、こうした冤罪によって真犯人を取り逃がすことになることこそ最悪の結果となるということを忘れてはならない。

 過ちを素直に認め改めることこそ、法の正義を守る上で最も大事なこと。司法の世界は未だにメンツを重んじる風潮があるのも確か。

「過ちて改めざるこれを過ちという」「過ちては即ち改むるに憚ること勿れ」というが、くだらんメンツを重んじて正義を失うことがあってはならない。

 冤罪は不当逮捕された当人にしても最悪だが、被害者遺族にとってもその無念が晴れることは無く、断腸の思いであることは言うまでもない。

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cordial8317 at 07:47│Comments(0)

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