「首相答弁に不自然さ」という作為的な記事目に青葉 山不如帰(やまほととぎす) 初鰹(はつがつお)

2018年05月31日

「天皇制」「退位」「協働」「共同参画社会」など世に氾濫する共産党用語

 今や誰もが使う「協働」という言葉だが、この「協働」は抑々共産党系のスーパーでもある生協が使用してた言葉で共産党の造語である。

 その意味は「同じ目的の為に、対等の立場で協力し て共に働くこと」。コラボレーション(collaboration)だというのだが、ならば「共同」で十分だろうに、何故か「協働」という言葉を有り難がって使用する。

「共同」と「協働」の意味は同じだが、その目的は全く違う。「共同」とは、一つの目標の為に複数の人が力を合わせることであるが、「協働」のその主体は「国民」ではなく、あくまでも「市民」なのである。

 日頃「国民」という言葉を毛嫌いしてる連中は「市民」という言葉を使いたがる。つまり「協働」の目的とは、国家と国民を切り離すことにある。国家と地方を切り離して、共同体(commune)を創り上げることを目的とする。

 地方の集落や住民が協力して絆を深めるのは大いに結構なこと。だが「協働」や「共同参画社会」の究極の目的は同じ共同体でも、共産主義インターナショナル(Communist International)、コミュンテルンの創造である。

 共産主義とは、生産から分配までの経済行為のすべてを共同的(共産的)に実行しようとする考えで、生産機関の共有や生産物の分配についても個人主義的自由を認めず、全て共産的に行おうとするもので「協働」もその一つである。

「協働」と同じく「男女共同参画社会」は「共産(共参)社会の実現」が目的であり、これらの企画は、総理府や国立婦人教育会館に巣食っていた元全共闘系と共産党系の女革命家ら革新的左翼が共同謀議的に考案したものである。

 こうした愚策を、戦後民主主義教育で育った無自覚左翼が犇く自民党政権下で疑いも無く導入し、今では担当大臣までいるという御粗末さ。

 戦後民主主義教育で育った者や戦後世代の無自覚左翼というのは国家から恩恵を享けながら、個人と国家を常に対立させ、恰も国家は人間を抑圧する組織と見做し、反国家反体制のポーズを採ることが進歩的で文化的だと錯覚している。その共通の標語が「市民」なのだ。

「協働のまちづくり」推進派は「市民とは必ずしも地域住民に限定されるものではなく、NPOを始め、企業などの企業市民も含まれ、また、地域の一員という意味では行政もまた行政市民という名の市民である」と説明する。

 今やその「協働」という共産党造語があらゆる場面で飛び交い、保守を標榜する政治家までもが何の疑いも無く使っている始末。市民よりも大事なものは「国民」であり、この意識がなくて「国防」や「教育」論などは語れない。

 いつの間にやら我が国はカタチを変えた共産主義が蔓延り、その「カタチ」は実に陰湿になった。こうした行政側への共産主義の介入を奨めたのは共産党ではなく、保守を標榜する自民党だったというのは呆れ甚し。

 最近の反天皇運動は昔の様に赤旗を振り翳したあからさまな反対運動は行わない。如何にも陛下の高齢や体調を慮り、そして世論誘導を謀る。

 そうしてカタチを変えた左翼勢力は、男女共同参画社会、夫婦別姓、ジェンダーフリー、人権擁護法案、共生社会、外国人参政権、外国人住民基本法案、極め付けは女性天皇や女性宮家論と次から次へと国體破壊の策謀を積み重ねている。

 左翼の造語と左翼に因る企画や愚策が氾濫し、それを国民が疑いも無く使用し、賛同している実態は、我々が想像している以上に左翼勢力が権力側に入り込み、行政権と連結せしめてしまっているという証左でもある。

 嘗て三島由紀夫は「我々はあらゆる革命に反対するものではない。暴力的手段たると非暴力的手段たるとを問わず、共産主義を行政権と連結せしめようとするあらゆる企画、あらゆる行動に反対するものである」と語っているが、悲しい哉、 我が国の現状は三島が悲観した当時よりも酷い状況に陥っている。

 これらに対峙するべき保守陣営や愛国陣営を見渡せば「反中共」や「反韓」を叫んでいるばかり。敵は外患ではない、正に内憂に在り。

 自民党の「立党宣言」にも「社会的欠陥を是正することに勇敢であらねばならない。われらは暴力と破壊、革命と独裁を政治手段とするすべての勢力又は思想をあくまで排撃する」と在るが、情けないことに今や単なる画餅と化している。

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cordial8317 at 09:43│Comments(0)

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