「平和」の反対が「戦争」ではない。「平和」の反対は「混乱」である。左翼人士らが登場する地元紙(福島民報新聞)の名物コラム「日曜論壇」

2018年05月18日

政治家がちゃんと政治をしていれば鍛冶屋はちゃんと鍛冶屋の仕事に専念していられる

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「胃痛の時に初めて胃の存在が意識されると同様に、政治なんてものは、立派に動いていれば、存在を意識される筈のものではなく、況して食卓の話題なんかになるべきものではない。政治家がちゃんと政治をしていれば、鍛冶屋はちゃんと鍛冶屋の仕事に専念していられるのである」とは三島由紀夫。

 つまり、サラリーマンや主婦らが政治に関心を寄せてる間は、政治がまともに機能していないということでもある(笑)

 アドルフ・ヒトラーは「わたしも間違ってるが世間はもっと間違っている」という。また「大衆の多くは無知で愚かである」とも訓える。

 マスコミの垂れ流す偏狭な正義感や幼稚な平和主義に煽られてる大衆が現在の有権者であり、その一票目当てに政治家が大衆に媚びる。こうして当選してきた政治家らに国益や国家観を期待する方が無理というもの。

「主権在民」などというと聞こえはいいが、1億2000万分の1の主権では無いのと同じ。在る様に錯覚しているに過ぎない。

 見渡せば一番多いのが戦後民主主義にどっぷり漬かった高齢者。その無自覚左翼の高齢者の支持を得ないことには政治家にはなれないのだから、そうした高齢者に耳障りの好い政策を訴える。正義や常識なんぞ二の次だ。

 正に我が国の政治は大衆迎合というポピュリズム。衆愚政治が限界を迎えるまで国民はその間違いに気が付くことも無い。そしてその後に「維新」という革命が起こるのだ。そう、歴史は正に繰り返される。

「日本は滅びる!」「日本が危ない!」と徒に危機を煽り、日本が恰も滅亡するかの様に叫ぶ保守派や自称・愛国者らは「天壌無窮の神勅」を疑い、怪しい世論の流れに便乗して国民の不安を煽るが、そこに国防を論じる俯瞰された言葉はない。

 神国日本の不滅を確信せずに何が保守か、何が愛国者か。正統保守ならば神州不滅を信じ、神武肇国の精神の高揚と国家国民の繁栄を目指すべきで、領土主権のみを訴えるのは単なる営業保守、営業右翼というのが正しい。

 我が国は、天照大神の「天壌無窮の神勅」に従って存在し、現在に至り、そして未来へ続いて行くのだ。これを疑うこと勿れ。

「この神勅ある限り日本は永遠なり、日本の将来を悲観することは神勅を疑うという罪を犯すものである」とは吉田松陰の至言である。

 愛国者や維新者を自任するならばいつかの一旦緩急に備え、己を鍛え上げよ!

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cordial8317 at 07:05│Comments(0)

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