拉致問題が急転直下、解決されることを祈るばかり党内野党・石破茂の安倍批判が止まらない(苦笑)

2018年05月08日

自分で読み取り、自分で判断する正しい眼を養わなくてはならない

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 昔はそれほど多くはなかった気がするが、最近は新聞休刊日がよくある。毎日朝4時頃には起床し、玄関から新聞を取ることから始まるのが日課な愚生は、新聞休刊日は何かもどかしく、隔靴掻痒の感は否めない。

「ニュースなんてネットで見れるじゃないか」と言われるが、長年やってきた日常のサイクルというのは中々変えることは出来ないものだ。

 右翼現役時代は情報収集の意味もあって何紙も購読していたこともあるが、今は地元紙の福島民報新聞を愛読している。

 民報新聞社は自由民権運動の流れを汲む新聞社で、同じ地元紙の福島民友新聞より硬派な内容で、昔は坂本弘記者の保守的な論説はお気に入りだった。

 だが、新聞社と雖も所詮は株式会社。原発事故以来、県民に寄り添った内容というより、被害者意識からか、反原発派に阿る記事が多くなり、その主張も安っぽい反権力と幼稚な正義感が目立つ。

 親米保守派や自称愛国者らは頻りに朝日新聞やテレビ朝日などの主張に噛付き批判するが、朝日新聞社も同じく株式会社であり、利潤を追求する中で、リベラルの読者らに媚びる記事を書くのは当然のことでもある。

 読者に保守派の多い産経新聞がタカ派的主張をするのもこれと同じことで、会社からの給与頼みのサラリーマンである新聞記者諸侯らに、国家観や国益を重んじた報道を心掛けよというのは無理というものだろう。

 本来、彼らにはサラリーマン以前に「社会の木鐸」としての矜持が備えてなくてはならず、木鐸の努めとは世人に警告を発し、教え導くことにある。

 朝日新聞は未だ自虐史観から目覚めることなく中韓に媚び諂い、我が国の国柄や国體を崩壊させんが為にそれらの走狗と化してしまっているのが現状。一方の保守派御用達の産経はどうかといえば単なる営業保守でしかない。

 嘗て、坂の上の雲を追い続けたあの時代、国民の側に立ち「自由民権」を主張した新聞や言論人は、「反骨」を旨とし、権力に対して敢然と闘い、大衆の代弁者を自負して記事に魂を吹き込んだ。

 時の権力は、そんな新聞社や記者らを弾圧するも、彼らはジャーナリズムの矜持と使命を以て決して弾圧に怯むことはなかったのだ。
 
 今や正統ジャーナリズムは存在せず、権力への批判は単なるパフォーマンスと化し、民衆に迎合して何でも腐して終わり。悲しい哉、そうした冷笑的な態度こそが真のジャーナリズムだと信じて疑わない。

 我が国を覆う重苦しい閉塞感は政治の不作為も然ることながら、国民を正しく導くことなく、正論をぶち壊して要らぬ方向へ世論誘導して悦に浸っている進歩の無い低能ジャーナリズムこそが元凶でもある。

 新聞休刊日でテレビを点ければTOKIOの「山口メンバー」のことばかり。その報道を観て国民は、あ~だ、こ~だと一喜一憂。

 正に我が国は「芸能国ニッポン」。戦後GHQはあらゆる占領政策を行ったが、日本人を骨抜きにするのに芸能界や娯楽番組というのが大きく役立った。国民はそんな米国の意図を知ることなく目先の享楽に夢中になった。

 正に芸能界とマスコミこそが戦後日本の象徴と言っても過言ではない。本来の日本人であれば、戦争で敗けたならそれを誰より悔しいと思い、臥薪嘗胆、国家の再建の為に努力すべきだが、敗けた張本人が享楽主義では情けない。

 その昔は「テレビを見るとバカになる」と言われたものだが、今ではテレビだけではなく、新聞を読むとバカというか幼稚な無自覚左翼や反原発に与してしまう。何事も自分で読み取り、自分で判断する正しい眼を養わなくてはならない。

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cordial8317 at 04:22│Comments(0)

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